第九章「記録と想起の彼方へ」 第1話「転生者狩りの噂と、旧都アルメリアへ」 〔前編〕──断絶の地にて
それは、風さえも記録を残せぬ場所だった。
“記録断絶域アーカ=ラスト”──神の記録が届かず、歴史からこぼれ落ちた土地。
剛たちはその最深部、「旧都アルメリア」の座標へと向かっていた。
「本当に……ここに“転生者狩り”の痕跡があるのか?」
ティナが慎重に足を進めながら訊ねた。
薄靄に包まれた廃都の空気は、妙に肌寒い。空間そのものが“記録されていない”という異様な感覚が漂っていた。
「確かじゃないけど……最近、“転生者が突然いなくなる”って噂が広がってる。
記録者たちの追跡にも残らない完全な消失。
行方不明者たちの共通点が、この断絶域だった」
剛が口を引き締めながら答える。
かつて繁栄していたはずの旧都アルメリアは、記録の中でも“存在していない都市”とされていた。
地図からも抹消され、歴史書からも削除され、誰の記憶にも曖昧にしか残っていない。
けれど、そこには確かに“誰かの生活の痕跡”が残っていた。
崩れかけた鐘楼。石畳に刻まれたルーン。半壊した家屋の中には、歯車のような玩具や、名もなき日記帳が転がっている。
「この町、私……来たことがあるかもしれない」
ふと、ティナがつぶやいた。
「え?」
「記録にない町なんでしょ? でも、なぜか……懐かしい気がするの。
ほら、あの路地の曲がり方とか、あの塔の色合いとか……」
剛とリナ=オルタが顔を見合わせる。
この“既視感”の正体。
もしかすると、ティナの記録自体がこの場所と何らかの形で結びついているのでは──。
その時だった。
カラン、と音がした。
空っぽの石路を、一つの鈴が転がってきた。
その音は奇妙に耳に残り、風のない空間に波紋のように広がった。
「誰か……いる?」
剛が声をかけると、鈴の向こうに、小さな影が見えた。
フードを被った少女。
目だけが異様に輝いている。まるで“記録の確認”をするように、剛たちをじっと見ていた。
「ねえ、お兄さんたち──」
少女が口を開いた瞬間、空間の色が変わった。
地面が一瞬“紙”のようにめくれ、下から黒い触手のような記録データが現れる。
「っ、ティナ、リナ、避け──!」
剛の叫びと同時に、足元を抉るような攻撃が放たれる。
まるで“誰かが記録を塗り潰そうとしている”ような動きだった。
ティナが目を見開いた。
「あれ、あの形式……記録者の抹消フォーマット……!? でもこんな場所に、正規の記録者は……」
リナ=オルタが低く呟いた。
「いや、違う……これは“記録を模倣する存在”だ。
“転生者狩り”……あれの正体は、もしかして……」
──中編へつづく。




