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超克の剣  作者: 姫之尊
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呪われた剣士

 どこから産まれてくるのか、どこからやってくるのかも分からない亡者。人のような形をしたものもあれば、物語の中に出てくるような妖のような姿をしたものも存在するが、共通しているのは人を襲うということ。数百年前、日本各地現れ人々を恐怖に陥れた亡者に対抗するため、大人から子供まで殆どの人間が武芸を習い、修練を積んだが、亡者の力は強大で命を落とすものは数しれない。 


 俺はとにかく、奴らが許せなかった。


 奴らが現れだしたのは鎌倉幕府後期と言われている。

 奴らが現れてから悪いことばかり起きたわけではない。

 侍達は亡者への対策に追われ、くだらない人間同士の争いは激減した。

 ある意味では、日ノ本の武士や朝廷を纏めたと言えなくもない。 


 だがそれでも俺は、この生者の国にはびこる奴らの存在が許せなかった。 

 


 



 俺は今地元の子供達を連れて剣道合宿へ来ている。

 すでに月明かりが夜空を照らし、子供達と共に板張りの大部屋に布団を敷いて眠る準備を整えていた。


「よしお前ら、あれやるから集まれ」


 自分の布団の上に胡座をかいてそう叫ぶと、子供らは皆ゾロゾロと時継を囲うように集まって来た。

 あっ、と忘れていたことを思い出した俺は額を手で叩き集まった子供達を見回した。


「しまった。すまん誰か襖と障子を閉めてくれ。あと瓦灯(がとう)の火を消してくれ。あ、やっぱり待って。二助、俺の道具袋持ってきてくれ」


 二助は一瞬不満そうに下唇を下げると小柄な身体で部屋の隅に置いてあった朝の道具袋を持って戻ってきた。


「ありがと。そうそうこれこれ。先に火消したらこれ使えなかったわ」


 袋の中から蝋燭と燭台を取り出し、1番近い瓦灯の火を蝋燭に移し、瓦灯の火を消した。


「馬鹿だな時継(ときつぐ)は」


 フッと小馬鹿にするような笑を零しながら、左隣に座った二助が呟いた。


「うるさい。ちょっと疲れてるんだよ」


「じゃあやんなきゃいいのに」


 二助の隣の少女、すえが膝を抱えて呆れながら言いう。

 そう言われても、俺はこれが楽しみで合宿を企画したのだ。


「あのねぇすえちゃん。俺はこの合宿へこの為に来たと言っても過言では無いからね。お前らとこれやるためにわざわざこんな山の麓の道場まで歩いてきたのさ。お、おい話してる時に消すなよ」


 話を無視した子供達によって、部屋の明かりは俺が持つ蝋燭以外全て消された。  

 自分の布団を後ろへ寄せ、顕になった床板の上に火をつけた蝋燭を乗せた燭台を置きながら、俺は鼻息を漏らした。

 蝋燭の火は小さく揺れながら、火を囲う皆の姿を薄らと映し出している。


「馬鹿じゃん」


「よくこんな人に武家が務まるよね」


「だって時継次男だもん」


「そうだよ。佐野家の禄を食いつくしてるだけだし」


「もらってくれる女の人も居ないらしいよ」


「えぇ⋯⋯どれだけ駄目なんだこの人」


「剣術の師範としては悪くないけど、実戦は弱いんだよね。今日も向こうの師範に完敗だったし」


「教えることは出来ても自分は弱い人ってたまにいるよねぇ」


 皆が俺に雑言を浴びせてくる。こんなひと桁の年齢の童達に言われても何も感じないはずなのに、一欠片の涙が零れた。

 暗くてよく見えないせいで、誰が言っているのか分からない。ただ隣の二助と和丸(かずまる)だけは笑うだけで何も言ってないことが分かった。


「おまえら⋯⋯全員泣かすからな、覚悟しろよ」


 皆に泣いていることを悟られないように目を擦って水滴を拭き取り、小さく手を叩いた。


「よし。それじゃあ楽しい楽しい怪談話の始まり始まり〜」


 ひとりで拍手をするが、誰も後には続かない。

 全く、最近の子供は情緒というものがない。


「お前らもっと元気出せよ。ほら二助も」


「怪談話するのに元気だしても仕方ないでしょ」


「それもそうだな⋯⋯。じゃあ二助から始めるぞ」


 自分より倍以上若い二助に正論を言われ、俺は小さく肩をすくめた。

 二助は胡座のまま、身を前に乗り出し、蝋燭の火に顔を近づけ、恐る恐る語り出した。

 先程までは気だるそうにしていたのに、いざ自分が話すとなると、意欲を燃やすのは子供の習性だ。

 それはいつの時代も変わらない。


 二助の話は、お菊の井戸によく似た話だった。

 皆内容もオチも予想していたので、驚きは無かった。

 その後、順にひとり1話づつ話していき、いよいよ俺の番が来た。


「ダメだなお前ら。皆昔話ばっかりじゃないか」


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。怪談なんて親に聞いた話くらいしか知らないし」


 ダメ出しされたことが悔しかったのか、二助が吐き捨てるように言う。 

 強がりを聞くと何だかおかしくて笑い声を漏らしてしまい、両膝をポンっと叩いた。


「いいか。俺のは凄いぞ。多分お前らは誰も知らないだろうし、心して聞けよ」


 俺はこいつらとは違い、新鮮な怪談話を用意している。こいつらも、なんなら村の大人達もまだ知らないであろう、活きがいい話だ。

 目で全員を一周確認してから、蝋燭の火に顔を近づけた。


「お前ら辻斬りは知ってるだろ。あれには色々小話があってだな。数十年前、堺で多数の辻斬り事件が起きてな。ある武士が病を治すために千人の血を欲して夜な夜な辻斬りを行ってるなんて話が浮上したんだが、実際その武士は無罪で、犯人はただ自分の力を誇示したかった馬鹿な町民だったんだ。その他にも京や近江、紀伊なんかでも辻斬りの話は尽きることがない。時々亡者の仕業だってこともあるが、人が起こした事件よりは遥かに少ない。まあ何が言いたいかって言うと、こんな田舎じゃ辻斬りなんて亡者がごく稀に起こす可能性があるってくらいだが、都会に行けばそう珍しくもないってことだ」


 ここまで話していちど周りを確認すると、皆は俺がどんな話をしたいのかいまいち掴めていないのか、首を傾げたり欠伸をしたり、真面目に聞いている物は少ない。

 俺は立ち上がり、閉じていた縁側へ繋がる障子を開けた。振り返れば、皆俺の挙動を観察している。

 自然に頬が緩み、そのままいい気分で月明かりに照らされた向こうの山を指さした。


「でもな、実は少し前に流行ったんだ。辻斬りが。あの山で」


 俺の発言に、数人が息を飲み、数人が目を見開いた。 

 もともと怖い話が得意では無いものは震えだし、すえや二助も山から目を背けるように俯いた。


「まあ心配するな。もう昔の話さ」


 さすがは子供だ。いや、大人でも怪談の類いは平気でも、実際の辻斬りなんて怖くて当たり前だから怯えるだろう。


「まあでも、ここからが本番なんだな」


 俺は元の位置に戻って腰を下ろすと、胡座ではなく正座をし、燭台を手に取り、顔の下へ持っていった。       

 炎の向こうに、神妙な面持ちで固唾を飲む子供達の姿が見える。


「その辻斬り事件には奇妙な点が多かったんだ。まず1つ目に殺された人は皆埋められていた。亡者は殺した人間を埋めたりしないし、辻斬りもわざわざそんな面倒なことをする奴はいない。だいたい辻斬りってのは、自分の力で周りを恐れさせたい奴がすることだ。死体を隠すのは無駄なことよ。それともうひとつはな、死体の持ち物が取られてなかったんだ。金になりそうな品も食べ物も、見つかった死体はみんな何かしら持ってたらしい。そしてもうひとつは皆体の前が右肩から袈裟斬りで斬られていること。それも一撃で。 左構えが珍しいこともそうだけど、なにより不思議なのは皆一太刀の傷以外負っていなかったてことだ。どれだけ凄い剣士なんだと、近所の人達はみんな震えて夜も眠れなかったらしい。ただその人斬りは人里に降りてくることはなく、被害に遭うのは賊や興味本位で確認しに行った命知らずばかりだったんだ。そうしていつしか人斬りは姿を消し、この辺りにも多少の平穏が戻ってきたってわけ。その代わり亡者の数は増えたらしいが」


 言い終えてまた立ち上がり、部屋の瓦灯に火を灯していった。 

 皆はそれぞれ顔を見合わせ、今の話のことを語っている。


「ちょっとビビったけどそんなにだったよな」


「まあ昔話らしいし、ていうか初めて聞いた」


「時継の作り話じゃないの」


「ていうか結局時継も昔話してるよな」


 皆今の話への不満を漏らしながら俺に呆れるような目を向けた。俺は縁側に立ち、子供達に背を向けた。

 眼前に見えるのは、その辻斬りがいたという木々に覆われた山。さて、そろそろ話のオチを語らなければ。


「大したこと無かったな。寝ようぜ」


 ひとりの子供がそう言い出すと、皆は自分の布団に向かった。


「皆すまん、俺さっき嘘ついたんだ」


 俺が振り向くと、子供達は自分の布団の上で固まった。


「人斬りは姿を消したって言っただろ。あれ嘘なんだ」


 俺はわざと頬を吊り上げて笑いながら、懐に手を入れ、1枚の紐で包まれた書状を取り出した。


「実はこの話、一昨日松浦(まつら)の人間から教えてもらったんだ」


 松浦とは、和泉国の有力な武家であり、岸和田城を拠点としている武士団だ。

 書状を比較的子供たちの中では文字に明るいすえに手渡した。

 すえが紙を広げ、書かれた文章を読むと、直ぐに何が書いてあるのか分かり、みるみるうちに血色の良かった顔が青ざめていった。


「なあ、なんて書いてるの」


 二助が横から書状を覗くと、二助もすぐに青くなった。

 つい最近まではろくに字も書けなかったはずだが、いつの間にか読めるようになったのだろう。

 

「お、おいどうしたんだよふたりとも」


 皆ぞろぞろと二助とすえの元に集まりだした。 

 すえは紙を持つ手と唇を震わせながら、口を開いた。


「これ⋯⋯辻斬りが多発してるからあの山に近づくなっていう皆への警告文だよ。しかも日付は3日前の。ちゃんと松浦の花押も書いてある⋯⋯」


 話のオチを全て理解したすえは勢いよく顔を俺へ向けた。その顔は目と口が引き攣り、眉毛が僅かに痙攣している。

 俺は黙って頷くと、おもむろにわざと焦らすように口を開けた。


「実は今まさにあの山に居るんだ。その辻斬り」 


 瞬間、すえは書状を落とした。

 俺の発言は子供達を震撼させるのに十分過ぎるものだった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 少女がひとり叫び出すと、半数は声を上げながら辺りを走り出し、半数はその場で震え出した。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」


「殺される。辻斬りが来るよぉぉぉ」


「あ、明かりを消そう。辻斬りに僕達が居ることがばれる前に」


「もう遅いに決まってるよ馬鹿!」


 俺は頭を毟りながら、想像以上の子供達の反応に満足していた。

 どれだけ大人ぶっても童は童なのだ。

 少し生々しい話をしてやれば、すぐに恐れを抱く。

 この子供が怯える姿は何とも心地よく、俺の加虐心を満たしてくれる。


「な、俺の話が1番怖かっただろ? ま、まあ皆、ちょっと落ち着けよ」


 だが流石に怯えすぎだろう。

 さっきから走り回る足音と叫び声が止まらない。

 このままでは()()()に気づかれてしまう。

 半笑いの俺が言うと、蹲っていた二助が怒りを顕にしながら俺に向かって駆け出して、反応できない速度で股間を蹴り上げた。


「なんて話してるんだよ阿呆!」


 激痛。この痛みはその言葉以外で言い表せないだろう。

 木刀で頭を叩かれたり、頬を打たれたりしてもこの痛みは襲ってこないだろう。

 神が男という存在に与えた、最低最悪の痛みが俺を悶えさせる。


「ちょ⋯⋯お前それは反則⋯⋯あ、駄目だ。これ駄目。男として終わったわ」


「うるさい。こんなの怪談じゃないよ! ただのバイオレンスだよ!」


「お前⋯⋯どこでそんな言葉覚えた? 近所に南蛮人でもいたか?」


 股間を抑えながらその場に膝をつき、蹲った。

 すると奥の部屋の襖が勢いよく開かれる音がし、悶えながら顔を上げた。

 涙目になって霞む視界に、あいつの姿が現れた。



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