表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】「後悔してるんだ」でも、もう遅いのです。私も運命の人を見つけちゃいましたから!

作者: サバゴロ

「たいして強くもない聖女とは、婚約破棄する」

「先王陛下が婚姻を望んだのですが?」

「ハハハ。そなたは聖女もクビだ!」

「え……」

「自分だけが結界を守れると思うな! より強い力を秘めた美少女を見つけたんだ!」

「あら」

「運命の相手に出会った以上、そなたはもう要らぬ!」


 婚約者……ああ、もう元婚約者か。

 元婚約者が騒いだのは神殿。

 私は結界を守るため、八時間おきに祈りを捧げるから。


 寝坊しちゃった、てへ。なんてことは許されない。

 私は規則正しい生活を余儀なくされている。

 つまり。

 交代してくれるなら、とっても、とっても嬉しい!


「諸行無常。盛者必衰と初代も申しておりました。婚約破棄、聖女解雇、喜んでお受けします! ではっ!」


 この神殿を建てたのは曾祖母。

 十三歳の私が聖女になる前は、母が結界を守った。

 現在三十一歳の母が聖女になる前は、祖母が。

 現在四十八歳の祖母が聖女になる前は、曾祖母が。

 曾祖母は御年六十五歳。もちろん元気。


 聖女の力を持つのは常に一人。

 受け継がれるごとに、力は半分に減っている。

 私はたいした力もない、性格も清らかとは言い難い聖女ってわけ。


 ただまぁ、そこまで無責任な性格でもない。

 新しい聖女に仕事の引き継ぎをすることにした。

 家宝のお祈りマニュアルを持って、王宮で新聖女を探す。


「石鹸がないの!? お湯がもう冷めてるけど!?」


 廊下に響く声とともに、お湯を持って走るメイドたちが視界に入る。

 大丈夫かしら。聖女の任務は我慢との闘い。

 お友達と旅行もできないし、人生が辛くても飲み明かすこともできない。

 こんな我儘そうな子に務まるかしら?


「プライベートを覗くとは! 嫉妬でストーカー化しおったな!」

「新聖女にお祈りの方法をお教えしたく……」


 言い終わらないうちに、元婚約者はマニュアルをひったくり、ブレイザーでさっと燃やしてしまった!

 ブレイザーは金属の火鉢ね。移動可能な暖房器具。

 たぶん、我儘新聖女のために、廊下まで暖めている。


「どうせ怠惰王とか、無力王とか、卑屈王とか、悪口を書いてたんだろ?」

「それは一緒に過ごせば、すぐにわかります。私は城下で暮らす民のために……」


 陛下は嫌い。だけど王国を思うからこそ婚約もした。

 私も陛下も、生まれた瞬間から重い責任を背負っている。

 なぜわかりあえなかったのかな。

 胸がとても痛くなる。


「また説教か? 要らん! もう元聖女は国外追放だ!」

「よろしいのですか?」

「新しい聖女は従順だ。ずっと神殿は目障りだったからな!」


 強く従順な聖女を手に入れ、陛下はかつてないほど傲慢になっている。

 特別な力というものは、人を狂わせる。

 力を持つ私自身が一番わかっている。



「陛下! なんて不遜な!」


 小太りで頭部のスッキリした宰相が階段を駆け下りてきた!

 実は、この汗だくの宰相こそが王国を統治している。

 会食やダンスなどの外交は、この若王が。

 貿易や国防の条約を他国と議論し、制定するのは宰相。

 王国の要とも言える。


「うるさい。この世は我が世ぞ!」

「なりません! 陛下!」


 宰相の必死の抵抗も虚しく、私は拘束され罪人用護送馬車に乗せられた。




「なぜ私を殺さないのかしら」

「聖女様を殺すなんて真似は、さすがに陛下も恐ろしいのでしょう」


 私の拘束をほどきながら聖騎士シャナはため息をつく。

 護送する馬車の周りを、すでに頼もしいシャナの部下が取り囲んでいる。


 聖騎士には聖女の護衛ともう一つ重要な任務がある。

 八時間おきに聖女を祈らせること。

 ある時は目覚ましとなり、ある時は私のおやつを取り上げる。

 今も、護送馬車のまま私を神殿に連行する。



 祈った後、私を待っていたのは歴代聖女。

 私と違い、王家と上手くやれていたのだ。

 いたたまれなくなる。でも。


「追放? いいんじゃない? 捨てちゃいましょうよ、こんな国。三代目の王はホントひどい」

「不思議ね。代替わりする度に、王の傲慢さは酷くなるわ」


 母と祖母が、陛下に対しご立腹。

 ちなみに母と祖母は今なお、めちゃくちゃ美人。

 そして、最も神々しいのが曾祖母のよしこ様。

 美貌も力と同様、世代交代で半分に減ってるのではと、私は思う。


「この国は砂漠に私が建国したのにね。でも、もう少し東の砂漠に移動しましょうか」


 よしこ様は微笑む。


「ですが、私は八時間おきに神殿で祈りませんと」

「聖女が祈ることが大切であって、場所はどこでもいいのよ。十日後に神殿が移動すると、国中にお触れをだしましょう」


 すでによしこ様は王国を捨てる気満々。

 あまりに潔くて、ここで生まれ育った私は驚いてしまう。


「民はついてくるでしょうか?」

「望む人だけでいいの。畑や水路を一から作るのは大変でしょう? いつまで豊穣の力があるかもわからないし」

「確かに。あと何代もつか」

「王国は大きくなり過ぎたわ。王は力を過信し過ぎよ」


 神殿の移動準備。民への周知。

 目の回るような十日間となる。

 可能なら、聖女の加護がなくなった未来も、豊穣が続く国にしたい。


「力があるうちに雨を降らせ続け、ここを湖にしましょう」

「水路を張り巡らせ、魔物が入ってきても防御しやすい国にしましょう」


 私とシャナで、地図を睨んで計画する。

 北に山、南に海、残りは砂漠の土地なので、自由度が高く、町計画は楽しい。

 追放されて沈んでいた気持ちも、シャナと未来を話してるうちに晴れてくる。


 そして、神殿の大移動が始まった。


「王家についたのが九割、神殿についたのが一割といったところですね」


 シャナと船の甲板から、港にあふれる人を見下ろす。

 一緒に今まで耕してきた土地を捨てる人達。


「強い新聖女が現れたのに。追放された私に、こんなについてきてくれるなんて。……申し訳ない。私は頑張らなきゃ……」

「歴代聖女様の人望なのでしょう。聖女様の献身を知る民も支え合いたいのです。俺も」

「俺も?」

「ウィンディーネ様を守りぬきます」


 あまり名を呼ばれない私。トクン。胸の辺りが暖かくなる。

 生まれて初めての引っ越しが、不安だからもある。

 自信喪失してるからもある。

 シャナの頼もしく凛々しい微笑みで、心が強くなる。



 移動は二十隻の船。

 船は何往復もし、一ヶ月経っても止まる気配がない。

 どんどん新住民が増えていく。

 ん? おかしいな。


「聖女様が祈りをやめた瞬間から、王国では雨が降らなくなりました。夜は魔物だらけです」

「新聖女の加護は?」

「全くございません!」


 いったいどういうことかしら?

 すると宰相まで船から降りてきた。


「宰相。どうして新聖女は力を使わないのです?」

「お助けください。新聖女様は力の使い方をわからないのです」


 宰相に隠れるように、さらさらの黒髪少女が怯えている。


「貴女が新聖女?」

「いきなり聖女なんて言われても困ります。もうどうしていいか」

「私が力の使い方を教えます。陛下と結婚し王国を守るのでしょう?」

「嫌です。あんな王様」

「まぁ。気持ちはわかるけど……わがままは……」

「私は宰相様をお慕いしております!」


 おおっとぉ?

 宰相は太った中年。新聖女は美少女。

 周囲の視線は一気に冷ややかになり、宰相にアウトと告げる。


「としこ? としこなの?」


 よしこ様が新聖女に近寄る。

 新聖女は、怪訝な顔で首をかしげる。そして唐突に叫ぶ!


「よしこ姉ちゃん? 十三歳で誘拐されたよしこ姉ちゃん?」

「ええ。としこも来たのね」

「私は四十九歳まで、向こうにいたけど……」

「死ぬ前に家族に会いたいと私が願っちゃったからかしら?」

「今年両親も死んで、私も一人で、家族が欲しいと願っちゃったの」


 再会を喜び姉妹は抱き合う。

 まさか私の親戚だったとは。

 新聖女としこ様の中身は四十九歳。

 十代の美しい王より、質実な宰相を選ぶのもありなのか?

 どうなんだ?

 周囲は、二人の愛を認めるべきか混乱する。


 ただまぁ力の使い方を学んだとしこ様は凄かった!

 私は雨雲を呼び砂漠に湖を作るのが精一杯。

 としこ様は大地を裂き巨大湖を作った!


「趣味は温泉巡りだったの。寒いのダメなのよぅ」

 十二ヶ所も温かい泉を噴出させた!


 としこ様の凄さは、桁外れの力だけでない。

「ふふん。都市開発シミュレーションゲームに一時期はまったのよ」

 ゴミ処理、交通、上下水道、学校の建設場所にアドバイスをくれた。

 シャナはとしこ様から学び、人が住むのに合理的な町に変えていく。


「アロマの体験教室いっといてよかったわ。どうしても清潔に生きてたいのよぅ」

 としこ様はオリーブオイルと塩から石鹸を作った。


「感染症にはマスクと手洗いよ」

 医学の知識もあり、異国船の乗組員から高熱が広がるのを防いだ。


「ありがとうございます。これはもはや神の領域……」

「やめてぇ。普通のおばちゃんに、もう」

「なんて謙虚……」

 感謝し敬う民を前にしても、としこ様は驕らない。

 民の方が崇め奉りたくてウズウズしてしまう。


 そして嬉しいのが料理!

「捨てちゃうのは、もったいないわ」

 鳥の骨や、魚の粗で、感動するスープを作る。

 家宝のマニュアルは、としこ様のおかげで膨大になった。




「だがワシは、王国が衰退していく姿を見てるのが辛い」


 責任感の強い宰相がこぼす。


「宰相が戻るなら私も王国に戻るわ。ただし、王様とは結婚しない」

「ワシもとしこ様を幸せにしたい」


 腹の出た宰相が、美少女であるとしこ様を抱きしめる。

 やはり、いかがわしい気がしてしまう。


「叔母様の幸せを応援いたします!」


 祖母が力強く言った。

 そうなると、見た目どうこうより「祖母の叔母」と思えてくる。

 実際、知識も人柄も素晴らしいし。


「宰相が王になればいいのよ。その方が王国もよくなるわ!」


 母もとしこ様と宰相の背中を押す。


「みんな。ありがとう。必ずとしこ様を幸せにしてみせます」

「もう幸せよ。ただのおばちゃんには夢みたい。私も宰相を必ず幸せにします」


 涙する二人を乗せた船は、出航した。


「いいな。としこ様は幸せそうで」

「ウィンディーネ様を幸せにしたいですけど?」


 隣のシャナがぼそっと言った。


「なにそれ、プロポーズ?」

「受けてくれなくても、朝起こす役目は誰にも譲りたくありません」

「確かに他の人は嫌だわ。でもまだ結婚には早すぎる」

「ゆっくり待ちますよ」


 そして私とシャナは恋人になった。

 まぁ、なにが変わったわけでもないんだけど。

 ちょっと手が触れるとか、そういったドキドキが、毎日の中にいっぱい増えた。



 すると、やってきたのは元婚約者。

 追放しておいて、よく来れるなと。

 私自身はまだいい。よくないけど。

 この人には、田畑を耕す人が見えないのかな。


「宰相が裏切り革命を起こした。しかも、おぞましくも美少女を妻にした」

「としこ様ならずっと独身で『今すっごく幸せ』とおっしゃってたから問題ないかと?」

「中年男が美少女を騙し、もてあそんでいるのだぞ?」

「力関係はとしこ様が上ですよ? 汗だくの宰相に『長生きして』とジョギングさせてましたから」

「なら、私はどうなる?」


 知るか。と思ったけど、聖女として微笑む。


「ご自由に恋愛を楽しんでください」

「身分を失ったら、女が寄ってこなくなった……」

「そう……」


 でしょうね。


「後悔してるんだ。私には聖女が必要だ!」

「『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし』初代も申してましたわ」

「わけのわからぬことを」

「流れ自体が絶えずとも同じ泡はない。人も同じ。変わるのです。後悔しても遅いのです」

「で、でも、この地も王が必要だろう?」

「私が女王となりました。そうすれば今後、無理に結婚で統治者と繋がる必要がないので」


 元婚約者が唖然とする。

 魔物に襲われない。必ず豊作。

 だからと胡坐をかいて民をほったらかしだったくせに。

 もはや統治者ですらなかった。ただの怠け者。要らないのだ。


「……わかった。仕方ない。王配となろう」

「私には運命の人がいます。どんな時も私を支えてくれた人」

「な」

「見てください。この誇らしい運河を! 道を! 私の恋人が主導して造りました!」

「な」

「私は強い聖女ではございません。ですから支え合う人が必要です。今とっても幸せなのです!」


 元婚約者は顔を真っ赤にして、何も言えずに立ち尽くす。

 私は初めて、心の底から勝利と幸福を実感した。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

凄く嬉しいです!


もし面白いと思って頂けましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願い致します。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なご感想を頂けると、めちゃめちゃ喜びます!

ブックマークして頂けると励みになります!

どうぞ、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白かったです! 新しい聖女の「としこ」様という名前と年齢もツボでした。 ざまあもあり、主人公は幸せになり、大満足です!! 面白い物語をありがとうございました!!
宰相さんんんwww ダイエットさせられとるww 美少女に長生きしてって言われたら、 そりゃ頑張っちゃうよね
温泉沸かせるのが強い〜〜!!流石です!! 宰相やり手ですもんね。そりゃそっちのほうがいいわ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ