【短編】「後悔してるんだ」でも、もう遅いのです。私も運命の人を見つけちゃいましたから!
「たいして強くもない聖女とは、婚約破棄する」
「先王陛下が婚姻を望んだのですが?」
「ハハハ。そなたは聖女もクビだ!」
「え……」
「自分だけが結界を守れると思うな! より強い力を秘めた美少女を見つけたんだ!」
「あら」
「運命の相手に出会った以上、そなたはもう要らぬ!」
婚約者……ああ、もう元婚約者か。
元婚約者が騒いだのは神殿。
私は結界を守るため、八時間おきに祈りを捧げるから。
寝坊しちゃった、てへ。なんてことは許されない。
私は規則正しい生活を余儀なくされている。
つまり。
交代してくれるなら、とっても、とっても嬉しい!
「諸行無常。盛者必衰と初代も申しておりました。婚約破棄、聖女解雇、喜んでお受けします! ではっ!」
この神殿を建てたのは曾祖母。
十三歳の私が聖女になる前は、母が結界を守った。
現在三十一歳の母が聖女になる前は、祖母が。
現在四十八歳の祖母が聖女になる前は、曾祖母が。
曾祖母は御年六十五歳。もちろん元気。
聖女の力を持つのは常に一人。
受け継がれるごとに、力は半分に減っている。
私はたいした力もない、性格も清らかとは言い難い聖女ってわけ。
ただまぁ、そこまで無責任な性格でもない。
新しい聖女に仕事の引き継ぎをすることにした。
家宝のお祈りマニュアルを持って、王宮で新聖女を探す。
「石鹸がないの!? お湯がもう冷めてるけど!?」
廊下に響く声とともに、お湯を持って走るメイドたちが視界に入る。
大丈夫かしら。聖女の任務は我慢との闘い。
お友達と旅行もできないし、人生が辛くても飲み明かすこともできない。
こんな我儘そうな子に務まるかしら?
「プライベートを覗くとは! 嫉妬でストーカー化しおったな!」
「新聖女にお祈りの方法をお教えしたく……」
言い終わらないうちに、元婚約者はマニュアルをひったくり、ブレイザーでさっと燃やしてしまった!
ブレイザーは金属の火鉢ね。移動可能な暖房器具。
たぶん、我儘新聖女のために、廊下まで暖めている。
「どうせ怠惰王とか、無力王とか、卑屈王とか、悪口を書いてたんだろ?」
「それは一緒に過ごせば、すぐにわかります。私は城下で暮らす民のために……」
陛下は嫌い。だけど王国を思うからこそ婚約もした。
私も陛下も、生まれた瞬間から重い責任を背負っている。
なぜわかりあえなかったのかな。
胸がとても痛くなる。
「また説教か? 要らん! もう元聖女は国外追放だ!」
「よろしいのですか?」
「新しい聖女は従順だ。ずっと神殿は目障りだったからな!」
強く従順な聖女を手に入れ、陛下はかつてないほど傲慢になっている。
特別な力というものは、人を狂わせる。
力を持つ私自身が一番わかっている。
「陛下! なんて不遜な!」
小太りで頭部のスッキリした宰相が階段を駆け下りてきた!
実は、この汗だくの宰相こそが王国を統治している。
会食やダンスなどの外交は、この若王が。
貿易や国防の条約を他国と議論し、制定するのは宰相。
王国の要とも言える。
「うるさい。この世は我が世ぞ!」
「なりません! 陛下!」
宰相の必死の抵抗も虚しく、私は拘束され罪人用護送馬車に乗せられた。
「なぜ私を殺さないのかしら」
「聖女様を殺すなんて真似は、さすがに陛下も恐ろしいのでしょう」
私の拘束をほどきながら聖騎士シャナはため息をつく。
護送する馬車の周りを、すでに頼もしいシャナの部下が取り囲んでいる。
聖騎士には聖女の護衛ともう一つ重要な任務がある。
八時間おきに聖女を祈らせること。
ある時は目覚ましとなり、ある時は私のおやつを取り上げる。
今も、護送馬車のまま私を神殿に連行する。
祈った後、私を待っていたのは歴代聖女。
私と違い、王家と上手くやれていたのだ。
いたたまれなくなる。でも。
「追放? いいんじゃない? 捨てちゃいましょうよ、こんな国。三代目の王はホントひどい」
「不思議ね。代替わりする度に、王の傲慢さは酷くなるわ」
母と祖母が、陛下に対しご立腹。
ちなみに母と祖母は今なお、めちゃくちゃ美人。
そして、最も神々しいのが曾祖母のよしこ様。
美貌も力と同様、世代交代で半分に減ってるのではと、私は思う。
「この国は砂漠に私が建国したのにね。でも、もう少し東の砂漠に移動しましょうか」
よしこ様は微笑む。
「ですが、私は八時間おきに神殿で祈りませんと」
「聖女が祈ることが大切であって、場所はどこでもいいのよ。十日後に神殿が移動すると、国中にお触れをだしましょう」
すでによしこ様は王国を捨てる気満々。
あまりに潔くて、ここで生まれ育った私は驚いてしまう。
「民はついてくるでしょうか?」
「望む人だけでいいの。畑や水路を一から作るのは大変でしょう? いつまで豊穣の力があるかもわからないし」
「確かに。あと何代もつか」
「王国は大きくなり過ぎたわ。王は力を過信し過ぎよ」
神殿の移動準備。民への周知。
目の回るような十日間となる。
可能なら、聖女の加護がなくなった未来も、豊穣が続く国にしたい。
「力があるうちに雨を降らせ続け、ここを湖にしましょう」
「水路を張り巡らせ、魔物が入ってきても防御しやすい国にしましょう」
私とシャナで、地図を睨んで計画する。
北に山、南に海、残りは砂漠の土地なので、自由度が高く、町計画は楽しい。
追放されて沈んでいた気持ちも、シャナと未来を話してるうちに晴れてくる。
そして、神殿の大移動が始まった。
「王家についたのが九割、神殿についたのが一割といったところですね」
シャナと船の甲板から、港にあふれる人を見下ろす。
一緒に今まで耕してきた土地を捨てる人達。
「強い新聖女が現れたのに。追放された私に、こんなについてきてくれるなんて。……申し訳ない。私は頑張らなきゃ……」
「歴代聖女様の人望なのでしょう。聖女様の献身を知る民も支え合いたいのです。俺も」
「俺も?」
「ウィンディーネ様を守りぬきます」
あまり名を呼ばれない私。トクン。胸の辺りが暖かくなる。
生まれて初めての引っ越しが、不安だからもある。
自信喪失してるからもある。
シャナの頼もしく凛々しい微笑みで、心が強くなる。
移動は二十隻の船。
船は何往復もし、一ヶ月経っても止まる気配がない。
どんどん新住民が増えていく。
ん? おかしいな。
「聖女様が祈りをやめた瞬間から、王国では雨が降らなくなりました。夜は魔物だらけです」
「新聖女の加護は?」
「全くございません!」
いったいどういうことかしら?
すると宰相まで船から降りてきた。
「宰相。どうして新聖女は力を使わないのです?」
「お助けください。新聖女様は力の使い方をわからないのです」
宰相に隠れるように、さらさらの黒髪少女が怯えている。
「貴女が新聖女?」
「いきなり聖女なんて言われても困ります。もうどうしていいか」
「私が力の使い方を教えます。陛下と結婚し王国を守るのでしょう?」
「嫌です。あんな王様」
「まぁ。気持ちはわかるけど……わがままは……」
「私は宰相様をお慕いしております!」
おおっとぉ?
宰相は太った中年。新聖女は美少女。
周囲の視線は一気に冷ややかになり、宰相にアウトと告げる。
「としこ? としこなの?」
よしこ様が新聖女に近寄る。
新聖女は、怪訝な顔で首をかしげる。そして唐突に叫ぶ!
「よしこ姉ちゃん? 十三歳で誘拐されたよしこ姉ちゃん?」
「ええ。としこも来たのね」
「私は四十九歳まで、向こうにいたけど……」
「死ぬ前に家族に会いたいと私が願っちゃったからかしら?」
「今年両親も死んで、私も一人で、家族が欲しいと願っちゃったの」
再会を喜び姉妹は抱き合う。
まさか私の親戚だったとは。
新聖女としこ様の中身は四十九歳。
十代の美しい王より、質実な宰相を選ぶのもありなのか?
どうなんだ?
周囲は、二人の愛を認めるべきか混乱する。
ただまぁ力の使い方を学んだとしこ様は凄かった!
私は雨雲を呼び砂漠に湖を作るのが精一杯。
としこ様は大地を裂き巨大湖を作った!
「趣味は温泉巡りだったの。寒いのダメなのよぅ」
十二ヶ所も温かい泉を噴出させた!
としこ様の凄さは、桁外れの力だけでない。
「ふふん。都市開発シミュレーションゲームに一時期はまったのよ」
ゴミ処理、交通、上下水道、学校の建設場所にアドバイスをくれた。
シャナはとしこ様から学び、人が住むのに合理的な町に変えていく。
「アロマの体験教室いっといてよかったわ。どうしても清潔に生きてたいのよぅ」
としこ様はオリーブオイルと塩から石鹸を作った。
「感染症にはマスクと手洗いよ」
医学の知識もあり、異国船の乗組員から高熱が広がるのを防いだ。
「ありがとうございます。これはもはや神の領域……」
「やめてぇ。普通のおばちゃんに、もう」
「なんて謙虚……」
感謝し敬う民を前にしても、としこ様は驕らない。
民の方が崇め奉りたくてウズウズしてしまう。
そして嬉しいのが料理!
「捨てちゃうのは、もったいないわ」
鳥の骨や、魚の粗で、感動するスープを作る。
家宝のマニュアルは、としこ様のおかげで膨大になった。
「だがワシは、王国が衰退していく姿を見てるのが辛い」
責任感の強い宰相がこぼす。
「宰相が戻るなら私も王国に戻るわ。ただし、王様とは結婚しない」
「ワシもとしこ様を幸せにしたい」
腹の出た宰相が、美少女であるとしこ様を抱きしめる。
やはり、いかがわしい気がしてしまう。
「叔母様の幸せを応援いたします!」
祖母が力強く言った。
そうなると、見た目どうこうより「祖母の叔母」と思えてくる。
実際、知識も人柄も素晴らしいし。
「宰相が王になればいいのよ。その方が王国もよくなるわ!」
母もとしこ様と宰相の背中を押す。
「みんな。ありがとう。必ずとしこ様を幸せにしてみせます」
「もう幸せよ。ただのおばちゃんには夢みたい。私も宰相を必ず幸せにします」
涙する二人を乗せた船は、出航した。
「いいな。としこ様は幸せそうで」
「ウィンディーネ様を幸せにしたいですけど?」
隣のシャナがぼそっと言った。
「なにそれ、プロポーズ?」
「受けてくれなくても、朝起こす役目は誰にも譲りたくありません」
「確かに他の人は嫌だわ。でもまだ結婚には早すぎる」
「ゆっくり待ちますよ」
そして私とシャナは恋人になった。
まぁ、なにが変わったわけでもないんだけど。
ちょっと手が触れるとか、そういったドキドキが、毎日の中にいっぱい増えた。
すると、やってきたのは元婚約者。
追放しておいて、よく来れるなと。
私自身はまだいい。よくないけど。
この人には、田畑を耕す人が見えないのかな。
「宰相が裏切り革命を起こした。しかも、おぞましくも美少女を妻にした」
「としこ様ならずっと独身で『今すっごく幸せ』とおっしゃってたから問題ないかと?」
「中年男が美少女を騙し、もてあそんでいるのだぞ?」
「力関係はとしこ様が上ですよ? 汗だくの宰相に『長生きして』とジョギングさせてましたから」
「なら、私はどうなる?」
知るか。と思ったけど、聖女として微笑む。
「ご自由に恋愛を楽しんでください」
「身分を失ったら、女が寄ってこなくなった……」
「そう……」
でしょうね。
「後悔してるんだ。私には聖女が必要だ!」
「『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし』初代も申してましたわ」
「わけのわからぬことを」
「流れ自体が絶えずとも同じ泡はない。人も同じ。変わるのです。後悔しても遅いのです」
「で、でも、この地も王が必要だろう?」
「私が女王となりました。そうすれば今後、無理に結婚で統治者と繋がる必要がないので」
元婚約者が唖然とする。
魔物に襲われない。必ず豊作。
だからと胡坐をかいて民をほったらかしだったくせに。
もはや統治者ですらなかった。ただの怠け者。要らないのだ。
「……わかった。仕方ない。王配となろう」
「私には運命の人がいます。どんな時も私を支えてくれた人」
「な」
「見てください。この誇らしい運河を! 道を! 私の恋人が主導して造りました!」
「な」
「私は強い聖女ではございません。ですから支え合う人が必要です。今とっても幸せなのです!」
元婚約者は顔を真っ赤にして、何も言えずに立ち尽くす。
私は初めて、心の底から勝利と幸福を実感した。
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