最低なのは誰でしょう
王立学園の昼休み、最近は食堂ではなく少し離れた人気のないガゼボで食事を摂るようにしている。
少し前に婚約者であるローランド・ワーグナー子爵令息とメアリー・ハッサン男爵令嬢の抱擁を見てしまってから、なんとなくローランド様と距離を置くようにしたから。
学園に入学して半年くらいまでは、お互い良い関係は築けていたと思う。だが次第にローランド様の様子に変化が見られた。最初、本人には自覚がなかったようだが、目がメアリーを追っていた。
本人は自覚してからは気持ちは隠そうと、婚約者の務めを果たそうとしてくれるのはわかった。
「ローランド様?」
「いや、何でもないよ。セレン、今日の放課後は新しく出来たカフェに行こうか?」
「まぁ!嬉しい!ふふ、放課後が楽しみですわ」
だが気持ちが通じ合ってしまったのだろう。隠れて会っているところを見てしまった。
私セレンシアはスカイハート侯爵家の跡取りで、ローランド様は婿入りの予定だ。優秀さを見込まれて婚約者となったが、私を裏切るようでは早急に切るしかないだろう。
「あれ?珍しいね。1人で昼食?ん?お茶だけなの?」
急に現れた第1王子に驚きながらも立ち上がり、カーテーシーを行う。
「第1王子殿下にご挨拶致します」
「そんな堅苦しい挨拶はしなくて良いよ。カリウスって呼んで」
「承知いたしました。カリウス様はなぜこちらに?」
「あ〜息が詰まるとこの離れたガゼボに来るんだ。君は?」
「私は1人になりたくて」
「君、婚約者がいたよね?それと関係ある?」
「ご存知なのですか?」
少し驚いてしまった。王族にも知られてしまうような行動を取っているのかと。これは早急に婚約破棄を進めなければいけないかもしれない。
「大丈夫?顔色悪いよ。困った事があれば相談に乗るけど?」
心配しているような表情だが、目が笑っている。この方は面白がっているのね。
「婚約を早急に破棄しようかと思っております」
「確か君の婚約者は優秀さを買われて婿入り予定だったと思うんだけど、破棄しても良いのかい?次の婚約者を探すのは大変そうだけど」
カリウス様がそう仰るのも無理はない。ローランド様の成績は常に10番以内。同レベルの婚約者となる者は既に婚約済みの者が多い。
「それでも、私を簡単に裏切るような者に信頼は置けません。元より侯爵となるのは私。ローランド様は補佐でしたから、侯爵家の害となる者は要りません」
「そうか。良い決断だと思うよ。でも、君個人の気持ちは大丈夫?好きだったんだろう?だってほら、」
そう言いながら指で涙を拭われる。
私、泣いてたのね。泣くほど好きだったのね。
ローランド様と婚約したのは10歳の時だった。新しく私の家庭教師となった先生の前の教え子がローランド様で、父にワーグナー子爵家の次男はとても優秀だとよく話しており、興味の湧いた父が直接確認し婚約者に据えたのだ。
当人の感情はそこにはなかったが、一から始めれば良いだけのこと。ゆっくりながら穏やかに関係を築いていたつもりだった。
あれから7年、決して短くはない時間の中の想い出に、私は気持ちが抑えられなかった。
「幼い頃貰った一輪の花が嬉しくて押し花にし、今でも大事にしていました!初めてプレゼントされたのはピンクの石を使った髪飾りで、黒髪翠眼の私には少し幼いと思ったけど、可愛いと褒めてくれるから嬉しくて、お母様に止められるまでずっと使っていました!ローランド様に頂いた物全てが宝物で!!わた・・・私は!私だけがこんなにも好きで!」
拳を握り締めながら叫んでしまう。
「でも、一方通行だったのですね。ローランド様にとっては大事な婿入り先の令嬢としか見ていなかったのでしょうね。取り乱してしまい申し訳ありません、カリウス様」
「手を見せて。ほら、力を入れすぎるから爪が食い込んで血が出ている。ハンカチで巻いておくから後で治療してもらおう。今日はこのまま帰った方がいいだろう。送るよ」
「カリウス様にそこまでして頂くわけには」
「いいんだよ。僕も侯爵に用があるし、僕が一緒の方が破棄は早くなるよ」
そこからは本当に早かった。
カリウス様から話を聞いた父はすぐに動いた。
もちろん、ワーグナー子爵家有責での婚約破棄だ。だが、父はそれだけでは終わらせなかった。子爵家にはもちろん慰謝料を。そしてローランドは学園の卒業後はハッサン男爵家に婿入り。子爵家からは婿入り後は絶縁だと告げられたとか。ハッサン男爵家は慰謝料などもあり没落ギリギリの所で生かされているらしい。
卒業まであと1年と少し。メアリーは没落ギリギリとはいえ、好きな人と一緒になれることは嬉しいらしく、ローランドの横で幸せそうにしている。だが、ローランドは日に日に表情が無くなっていった。
一度ローランドに聞かれたことがある。
「なぜ婚約破棄を!?セレンは僕の事が好きだっただろう!?メアリーとは一時の気の迷いだったんだ!これからはもっと君の事を大事にするよ!だから破棄を撤回してくれるよね!?」
「無理ですわね。その一時の迷いで侯爵家が無くなることも有り得るのですよ?それすらもわからないような者は侯爵家には不要です。それに私には新しい婚約者がおります。今後は愛称ではなくスカイハート侯爵令嬢とお呼びください」
はっきりとそう告げればローランドは傷ついたような顔をして立ちすくんでいた。
なぜ?傷ついたのは私。貴方にはそんな顔をする資格はないはずだわ。
「シア?どうした?ワーグナー子爵令息に何か言われたのかい?」
「カリウス様。なぜ婚約破棄をしたのかと問われただけです。ふふ、なぜあの方が傷ついたようなお顔をされるのかわかりかねますわ。ご自身の行いのせいですのに」
「逃した魚は大きかったって、やっと気づいたのかな?馬鹿らしい。頭だけが良くてもそれだけの者だったって事だね」
「カリウス様?何か仰いました?」
「何でもないよ。さ!今日は結婚式の衣装選びだよ!楽しみだなぁ」
「ふふ、カリウス様ったら、私も楽しみですわ」
俺が10歳の頃、側近と婚約者を選ぶ為のお茶会が催された。その時シアを見て一目で気に入り婚約者にと両陛下に願った。だが、シアは侯爵家の後継であった為無理だと言われた。それでも粘り強く説得しようやく婚約の打診をしようと思った頃、シアの婚約が調ったと言われた。
悔しかった。どうしても手に入れたかった。
諦めの悪い俺は、定期的にシアの様子は探らせていた。
婚約者との関係は良好なようで、学園で見かけるシアは幸せそうだった。
シアを諦めきれず婚約者を決めなかったが、そろそろそれを周りは許さないだろう。そう思っていた時に、ワーグナー子爵令息の不貞を影が告げてきた。
チャンスだと思った。不貞の証拠を集めて時を待った。
侯爵に不貞の証拠を出し、すぐに婚約を申し込んだ。
「立太子されず、侯爵家に婿に入りたいと?」とかなり驚かれたが、第2王子である弟が王太子になるよう根回し済みだと告げると少し呆れられたが、シアを大事にしてくれるならばとすぐに了承してくれた。
「シア。俺は幸せだよ。デロデロに甘やかして俺無しじゃいられなくなるくらい大事にするよ」
「まぁ、今も甘やかされているという自覚がありますのに、更にですか?ふふ、でももう既にカリウス様なしではいられませんのよ?」
「俺のシアはなんて可愛い事を言うんだ」
思わず抱き締めてしまう。
シアが大好きだと言う肩まである艶のある黒髪は、シアの眼の色である翠の紐で結んでいる。
俺がシアの物だという証として。
この愛しい人を決して離すまいと見つめれば
「カリウス様、私も負けないくらい甘やかしますわね」とこの上なく甘く囁く。
シアとの愛をあやつらに見せつける為だけに男爵家を残した俺は最低だろうか。
だが、シアを幸せにするのはお前ではないと見せつけたかった。自ら手放したのに後悔するような愚か者には一生、後悔を味わわせたかったのだ。
カリウス様は私に気づかれているとは思わないだろう。
婚約破棄後、没落寸前の男爵家に婿入りするローランド。侯爵家の婚約を破談にさせた男爵家など、本気になればすぐに潰せるのをそうしなかったのは、カリウス様がお父様にそう告げたから。
平民にするのは簡単だけど、貴族のままなら私とカリウス様を見る機会は多くなる。
お前の手放した者はこんなにも素晴らしいんだぞと、カリウス様は見せつけたいのだろう。この先男爵家はカリウス様の気分次第という所かしら?ふふ、だいぶ拗らせていらっしゃるようだから。
でも、それを見過ごす私は最低なのかしら?
大好きだった。私の初恋だった。けれども最後に会った時のあの傷ついた表情を見た瞬間、恋心は弾けた。
カリウス様とは違う意味で私は溜飲を下げる。
メアリーはローランドが手に入ったと喜んでいるが、それがいつまで続くのか。ローランドは私と婚約破棄してからというもの後悔しているらしい。メアリーが側にいても目に光がない。そんな男の事をいつまで好きでいられるのか。だが別れる事は許されない。それが慰謝料を減額してまで呑ませた条件の1つだったから。
愛する人の視界に入らない苦しさを知ればいい。
私が味わった苦しさを死ぬまで。
だから、決して男爵家は取り潰さない。
そう思う私は最低かしら?
「シアの望む通りに」
カリウス様ならそう言ってくれるかしら?
私は今幸せよ。
私の全てを受け止め愛してくれる人がいるから。
誤字報告ありがとうございます。