第二章 08 夕飯と収支
08 夕飯と収支
ミーヤとマアチはしばらく部屋でくつろいだ。やがてボウが帰ってきたので、三人で夕飯に行った。雨はすっかり上がり、地面も乾き始めていた。
ミーヤは、ニオニンとソーセージのパスタ、70テニエル。
マアチはカプリパとベーコンのスープパスタ、80テニエル。
ボウは、豚肉とキャツベの炒め物大盛り、100テニエルと、肉野菜スープ40テニエル、大きめのパン30テニエル。
三人は運ばれてきた料理を食べ始める。
「ボウ兄さん、いっぱいトレーニングしたんだね」
山盛りの料理をどんどん平らげるボウにミーヤが言った。
「うん、筋肉を付けるためには、筋トレだけじゃなく肉をいっぱい食わないとな」
180フィンク越えのがっしりした体でボウが答える。
「オレらはどこにも出かけてねーのに腹は減るんだよな。そりゃ、洗濯とかはしたけど」
スープをすくいながらマアチが苦笑する。
「そう……。何もしてなくてもお腹は減るんだよね。そしてお金がどんどんマイナスになってく。精神的な話じゃなくて、お財布から、明らかに」
ミーヤの言葉に、マアチもボウも黙る。
「……具体的に、収支がどうなってるか、確認してみようか」
ボウが言い、皆うなずく。
一月十五日に、ミナミライの村を出発し、このライの町の宿屋に泊まった。一泊400テニエル。
今日は二月十三日。三十日近く泊まっているので、宿泊料は、累計で、一人12,000テニエル。
食事は、ミーヤとマアチなら、朝50テニエル。昼と夜は70~90テニエルほど。平均して、一日210テニエル。それが三十日続けば、累計6,300テニエル。
「この一ヶ月で、18,300テニエルも使ってるのか……」
ミーヤがうめく。紙も鉛筆もないのでざっくりとした計算だが、大体合っているはずだ。
「一日の出費が、大体610テニエルなんだよな。で、稼ぎが、それを上回ったこともねーし、四日前から、稼ぎにすら行けてねー!」
マアチが頭を抱える。二月九日から、マアチに生理が来た。その日から、宿でずっと停滞している。
「……魔物狩りは、始めたばっかりだし、今はそんなに稼げなくても、いつかもっとたくさん倒せるようになってやる!って思うことで、前向きな気持ちになれたんだよね。でも、生理で、魔物狩りにすら行けないのは、前向きになりようがないんだよね……」
ミーヤがうつむく。
「ひたすら血ぃ流して、血の洗濯して、血の日が終わるのを待ち望みながら、それでも宿代と飯代は消えていくもんな……」
マアチが吐き捨てるようにうなずく。
三人はしばらく黙った。やがて、ボウが口を開いた。
「……俺、この旅に出る前、うちの親とミーヤのお父さんから、『二人のことを頼む』って、まとまったお金をもらったんだよね。すぐに稼げるようになるわけじゃないし、一人前になるまで、お金もかかるだろうから、って。『本人にも渡したけど、先輩として面倒見てやってくれ』って。だから、二人とも、まだお金はあるんだよね?」
ミーヤとマアチは顔を上げる。
「……確かに、援助はしてもらったよ。『ミーヤが進学する気だったら、中級や上級学校の学費を払うつもりだった。学費の代わりだ』って」
ミーヤが言い、マアチが続ける。
「オレもそんな感じでもらったけどさ。でも、親からもらった金にはなるべく手を付けたくねえんだ。魔物を倒して自分で稼いで魔物狩り屋をしてますって言いたいからさあ! でも……」
二人は見つめ合い、顔を伏せる。ミーヤもマアチも、気持ちとしては、自分の稼ぎだけで生活したい。だが、稼げていないため、今は親からもらった金で生活している。それがもどかしく、悔しかった。
「お金は減ってきてるんだね。……でも、まだしばらくは大丈夫だよ。俺が受け取った分のお金があるし。それが無くなっても、俺が今まで稼いだ分が少しはあるからさ」
「それは駄目だよ! ボウ兄さんの貯金をもらうなんて!」
「そうだよ! 親の金以上に駄目だ! いくら兄妹でもそこまで兄貴に面倒はかけられねえ!」
二人の言葉を、ボウは静かに聞く。
「……だったら、一度実家に帰ってみるのはどう? それができるように、こうしてすぐ近くの町にいるんだから。体調が悪いときだけ、実家で過ごすとかさ」
ミーヤとマアチは顔を見合わせ、答えた。
「……いつ帰ってきてもいいとは言われてる。でも、二人の生理がずれるから……」
「周期が全く同じなら、『月に五日、みんなで実家に帰って休もう』でもいいけどさ。オレが生理で、五日間実家に帰って、再出発したら、ミーヤが生理で、また実家に帰って五日過ごして、ってことになりかねないぜ。更に雨とか降ったら、月の半分ぐらい実家にいることになっちまうよ」
実家に帰る案は、ミーヤとマアチも二人の時に話題にしていた。だが、それじゃ旅に出た意味が無いよね、という結論になったのだ。
「……生理が重いと、冒険の旅なんて無理なのかな。
生理が来ても、普段と全く変わらず過ごせるほど健康な女か、不調でも、ものすごく我慢して普段通り振る舞える女じゃないと、駄目なのかな」
ミーヤは顔を伏せる。マアチも同じ気持ちでうつむく。ボウはしばらく考え込んでいたが、やがて二人に声をかけた。
「俺は、ミーヤのことを妹だと思ってる」
「ボウ兄さん、ありがとう」
ミーヤは顔を上げて微笑んだ。
「で、マアチのことは弟だと思ってる」
「おい兄貴!」
マアチも顔を上げて叫んだ。
「普段は弟のように思ってるけど、でも、こういう話題になると、やっぱり妹なんだなって思う。
男と女はどうしても違うから、自分の経験が役に立つかわからないけど、兄として、魔物狩りの先輩として、二人のことを応援したいとは思ってる。一人前になるのを手伝いたいと思ってる。だから、うまくいくやり方を探していこう」
ミーヤとマアチは、ボウの言葉を噛みしめた。
「ありがとう、ボウ兄さん」
「ありがとう、兄貴」
「明日は天気も良さそうだし、頑張ろう」
三人はうなずいた。
「そうだ、今日武術屋に行く時に、ミーヤのお父さんを見かけたよ。ちょっと遠かったから声はかけてないけど、食べ物屋の多い通りに行ったよ」
「そっか。買い物してたのかな? いつも料理してる私が家にいないから」
「村の近くの町だもんな。オレ達の両親もちょくちょく来てるはずだし」
そんな話をしながら食事を終えた。




