第一章 02 回復魔法が効かない
02 回復魔法が効かない
「旅に出て一ヶ月経たずにこれとはねー……。私は母さんほど生理痛がひどくないから行けるかと思ったんだけど……」
ミーヤは、幼い頃に母を亡くしている。母は若いときから生理が重く、出血の間はずっと寝込むほどだったという。ミーヤを産んだ後もそれは続き、ある日、大量に出血して倒れ、帰らぬ人となった。
悲しみに暮れた後、ミーヤは心を切り替えるため、一人称を『私』に変えた。
『私』という一人称は普通、中年以降の大人が使う。若い女は『あい』が一般的だ。若い男が『僕』を使うようなニュアンスだ。荒っぽい男のような『オレ(俺)』を使うマアチのような女もいるが。
ミーヤは一人称を変え、水の魔法を熱心に練習するようになった。だから、水の魔法だけは得意だ。
「一日でも痛い日があればつらいに決まってるよ。でも生理痛は原因不明だから特効薬もねーし、痛み止め飲んでやり過ごす以外に無いんだよな。生理痛は怪我とも違うから、回復魔法も効かねーし」
回復魔法は、人間の精神力で『人間の治癒力を高める精霊の力を、一瞬、呼び出す』魔法だ。『時間を掛ければ魔法無しでも治る人体の損傷を、精霊の力で短時間で修復する』ことができる。
だから怪我には効果がある。初級は転んですりむいた膝小僧の血を止める程度だが、上級は命に関わる怪我も治せる。
しかし、病気にはあまり効かない。原因を取り除かない限り治らない病気も多いからだ。
軽い風邪なら、回復魔法で喉の痛みや発熱が一時的に治まる。だが時間が経つと痛みや熱がぶり返す。回復魔法は痛み止め程度の効き目しかない。
食中毒などは、食べた物が口や下から体外に出るまで治らない。回復魔法は無意味だ。
生理痛に回復魔法を掛けても効かないので、「生理痛は怪我ではない」と言われる。それに、生理のある女しか妊娠出来ないことを、人々は経験上、知っている。この毎月の出血は、妊娠に関わる、何か重大な体の仕組みなのだ、そう考えられている。だから「生理は病気ではない」し、出産にも痛みを伴うので、毎月の出血に痛みがあってもおかしくない、「生理痛も病気ではない」、そう言われたりもする。
「でもミーヤの母ちゃんは、病気だから生理痛がひどかったんだろ。いつものことだから、みんな我慢してるから、って耐えてないで、早く病気の対策をしてれば、治ったかもしれないのに……」
「……でも、何をしたらいいかわかんないもんね」
ベッドに座り、ミーヤとマアチはしばらく黙った。
「でも、ほんとにマアチ達には助けられてるよ。私に初潮が来たときも、マアチのお母さんにやり方を教えてもらったしさ。ボウ兄さんもいつも優しいし、ほんと、いい兄さんだよね。……なのに、なんでフラれたんだろ」
話題を変えたのはミーヤだった。