九十一話
気分が良い。ここまで良いのは何年ぶりだったか。
頭の中の靄が歩くほどに晴れていく。照り付ける太陽がやけに眩しい。頬の側を吹き抜ける風が愛おしく感じる。
だがガキの頃はこんなもんじゃなかった。もっと活力に満ち溢れていた。感性が鋭敏だった。目、肌、口、耳。全ての刺激が瑞々しかった。
……俺は結局、ただ逃げていただけなんだろうな。
『やきもき、してたのよ……いつまでうじうじしてるんだって……やりたいことがあるんでしょって』
アイツの感じ方は、何も間違っちゃいない。
『それにアスリヤ様になんて言われようと、カイナさんがこれと決めた生き方があるなら、それを貫くべきだと思います。自分がやりたいように。僕なんかの月並みな言葉ですが』
違ったんだ。俺はやりたい事なんて何一つやっちゃいなかった。
偶々流れ着いた場所で、偶々自分の力を有効に使える生き方を見つけた。だから思い込んだんだ。この生き方こそが俺の道だと。
傭兵。流儀。金。拘っていた。縋っていた。俺はもう振り切ったんだと思う為に。
『つまりお前は、俺がお前と同じく自分を肯定できていない半端者だと。そう言いたいんだな』
アスリヤは正しかった。
俺はやりたいようにやってる、生きたいように生きてる、自分を肯定出来ている。だからそれが出来ていないアイツに嫌悪を覚えた――訳じゃなかったんだ。
俺もアイツと同じだった。まるで鏡のように、煮え切らない自分そのものを見ているようだったから。同族嫌悪、だったんだろうな。
だがアイツは答えを出した。それが上手くいくかは分からないにしても、自分を心から肯定する為の生き方を見つけ出していた。
――なら、俺は?
俺の根源。どこかに置き去りにしてしまったソレを、取り戻さなければならない。
そうじゃなきゃ俺は一生自分を肯定出来ない。何もかもが始まらない。これまで通りずっといじけてるだけだ。
俺の、根源。
『村長になれなかった事か?』
違う。一度村に戻り、俺の居場所なんてもう無い事を悟った時、虚脱感のようなモノはあったが未練は無かった。
『世界中の人間を守るという宣言を果たせなかった事か?』
違う。現に俺は、ここまで遭遇してきた何人もの死人に大した感情を抱いていない。少なからず交流のあった、レリアでさえも。
『それでも、特別として、上に立つ者として、皆を守る。その思いは多分、確かだったんだよな』
確かにそれはあったのかもしれない。でもそれは根源じゃない。
目を逸らすな。奇麗事で誤魔化すな。
『勇者に、なれなかった事か?』
――違う。
勇者。そうだ。俺はそこに引っかかってるんだと思っていた。飲み込んだと言いつつも心の底では勇者に未練があるんじゃないかと。
それすらも、欺瞞だ。本当に隠したい、自覚したくない感情から目を隠す為に勇者を隠れ蓑にしていたんだ。
……いい加減、逃げるのは止めだ。この先にアイツは居る。もうこの足は止まらない。
俺の、根源は――。
☆
傲慢。ガキの頃の俺を一言で表すならこうだろう。
生まれを、ギフトを笠に来て偉ぶって、自分が特別だと信じきっていた。
責任も、慈悲も、庇護の意志も。俺にとっては全て傲慢の果てにあるモノだ。
俺は、そんな自分に戻りたい。
焦がれている。あの感覚に。自分以外の全てを自然と見下していた俺に。
そんな俺を、壊したのはなんだ?
『カ、カイくん……』
そうだ、お前だ。サフィ。
ギフトと俺自身の鍛錬が籠った全力の攻撃。それをいとも簡単に受け止めやがった。俺が最も見下していた相手が。
あの瞬間だ。あの瞬間こそが傲慢な俺を殺した決定機……始まりだった。
なら、どうすればいい。どうすればあの頃の俺に戻れる。
俺のやりたい事。今なら素直に口に出来る。
サフィに勝ちたい。
勇者だの何だのは関係無い。ただ俺自身が納得出来る形で、アイツを捩じ伏せてやりたい。
尽き果てたアイツを見下ろして、俺はコイツよりも強いんだ、偉いんだと噛み締めたい。
今までずっと燻り続けていた、矮小で情けない欲望。だがそれが根源なんだ。
何もかも、この手でそれと向き合い、果たさなければ始まらない。
サフィを見下すに相応しい、傲慢な俺に、戻る為に。
☆
そうして二人は対面する。男は笑みを、女は困惑を浮かべて。
無慈悲に散った命に囲まれ、分かたれた流れが収束するかのように。
「よう、サフィ」
九十一話
「カイくん?」
『再会』




