九十話 拒絶
「え?」
唐突。しかしそれは、勇者が帰還した後も解決していない、頭の片隅に残り続けていた問題の答えでもあった。
勇者は姿を消した理由をある異変が起きたと語っていた。勇者の真意を知った今でこそ虚偽だったと判断出来る理由ではあるが、どちらにせよ依然として最初の事件である勇者襲撃の真相は明らかになっていない。
逃げ延びた【転移】持ちの兵士は襲撃者は魔物の類ではなく人間と断定し、背丈や様相の情報をアスリヤに伝えている。それに関しては事実としてあった。つまりは居る筈なのだ。
勇者の豹変。それとは別に、何らかの理由で勇者を襲った人間が。
「襲撃するまで相手が勇者だとは知らなかったがな。ある時間にある場所を通る馬車、それに乗った人間を殺せ。そういう依頼だった」
「……そんな」
「依頼は失敗した。そして勇者は姿を消した……だが問題はそこじゃない。俺は依頼を果たす為に、馬車を護衛していた兵士共を殺している」
「……!」
かつて、アスリヤが心を悩ませた同僚の犠牲。その一部は自身によるものだという告白を、カイナは淡々と述べる。
「なあ、お前が貫こうとしている生き方はそんな俺を許容できるのか?何の大義も躊躇いもなく、ただ金の為に兵士を殺した。イバラを殺したアイツと同じようなもんだ。罪悪感も後悔も感じちゃいない。どころか事実を明かさずまた金のためにお前の依頼を受け続けた。そんな俺を許せるのか?許していいのか?」
「それ、は」
己が理想とする生き方。そして新たに見つけた生き方。その二つを両立させると、かつてアスリヤは語ってみせた。
それがどうしようもなく相反していることに、気付かないまま。
「アスリヤ、お前の行いを俺以上に評価し認めるヤツなんてきっと腐るほど居る。中にはお前の生き方に沿えるようなヤツだって居るだろう。恋とやらがしたいならソイツとやれ。俺に拘るな。関わるな。――これで三度目だ。俺はお前が嫌いだ」
振りほどく、と言えるほどの行動は必要なかった。籠っていた筈の力はどこかに消え、すり抜けるように二つの手が離別する。
「俺との関わりは忘れて、ソイツらを連れてさっさと外へ出ろ。……きっとそれが、お前自身の為になる」
去って行く背中。引き留められる筈が無かった。
女はもう、挫けていたのだから。




