八十五話 遺言
多少離れていても見える王都の門前は、ここからでも異様な雰囲気に包まれているのが分かった。
門の周辺に集まった何人もの兵士と、門の内側から大挙として外へ出ようとする民衆。側から見れば暴動そのものだった。
そこに近づくにつれ、両者の声が鮮明に聞こえて来る。兵士側は平静さと静止を求めているようだが、民衆側は聞く耳を持たないようだった。そして口々に。
勇者が狂った。
そう、もしくはそれと同じような言葉を叫んでいた。
俺は歩みを進める。目の前で足止めを食らっている旅人や商隊の横を通り過ぎ、兵士達が密集する場所へ。
俺に気づいた兵士の一人が慌てて静止を求め、こちらへ近づいてくる。それに合わせて、俺は飛んだ。
兵士、そして民衆。そいつらをまとめて飛び越し、一息に門の中へと入る。一瞬その場の視線が俺に集まったのを感じ、背後から兵士の声が聞こえたが俺は気にする事無く王都の中へと入った。
しばらく歩けば、中が酷い有り様なのはすぐに分かった。
倒壊した家屋、破壊された道、そして死体。内戦でも起こったのか、そう思わせるような光景だった。
だが、特に思う事は無い。こんなものは規模の大小はあれど何度も見てきた。俺は先へと進む。
悲鳴と怒号。怯えた視線、助けを求めるような視線。全てを無視してひたすらに進む。
驚く程に思考に余計なモノが無かった。見えたモノ、聞こえたモノをそのまま感じ、頭の中で処理している。
堰き止められていた流れがゆっくりと解放されていくような……そんな、心地良さにも似た期待感。自分の胸の鼓動がやけに大きく聞こえる。
――ふと、目についた場所があった。街の一角、地面で何かが破裂したような跡。
ここまでで何度か見た跡だ。だがその近辺にあった死体に、何処となく見覚えがあった。
「……レリア」
全身刻まれた焼け跡と傷。顔にはそれが少なく、だからこそ辛うじて判別出来た。それは王都に向かうと言っていた酒場の店員であるレリアだった。
死んだのか。そう判断した後の事だった。
死体の閉じていた目がゆっくりと開かれる。瞳にはまだ光がある。
死体では、無かった。生きている。
「カイ、ナ……?」
「……ああ」
「あ、はは……運が良いわね、私……」
絞り出されたような声。俺は間近で聞く為に姿勢を低くする。それによって鮮明になった負傷の具合。
生きてはいる。だが決して長くはない。
「死ぬ前に、アナタと話せるなんて……神様に祈った事なんて、ないのにね……」
レリア自身、それを自覚しているようだった。
死に際の遺言。傭兵には出来る限り、死に行く仲間や同僚のそれを聞きたがる文化や習慣じみたモノがある。
何故なのかは分からない。役に立つからか、話の種にでもしたいのか、個人的な感傷からか。俺は今までそれに共感出来なかった。わざわざ聞こうと思った事なんて無かった。
だが今は自然と、その言葉に耳を傾けていた。




