八十二話 心
それは、勇者がアスリヤと賢者との対話を終え、行為を再開してから間も無い時だった。
「ねえ」
「……ん?」
既に自らが施した破壊の跡。その声はそこから聞こえてきた。見れば崩壊した家屋の瓦礫の中から、足を引きずりながらこちらへと近づいてくる人影がある。
――勇者の暴虐は執拗ではあるが丁寧ではない。儀式に集まったギフト持ちのほとんどを殺しきった今、現状の目的は儀式に参加しなかった、もしくは出来なかった王都のギフト持ちの数をなるべく減らす事であり、目に付いた人間全てを余さず殺す事ではない。
しかし、ギフト持ちかどうかは一目見ただけでは判別出来ない。だからこそ、このまま王都全域を大雑把に攻撃し、ギフト持ちを減らせるだけ減らしておく。
その過程で自らの手を逃れた生き残りは発生するだろうと勇者は元より考慮しており、それにわざわざ時間と労力をかける気は無かった。
瓦礫の中で息を潜めていれば、恐らくは見逃されていたであろうその人影。
先程の賢者と同じく、わざわざ自分へと接近してくる存在に勇者が好奇を抱いたのは、延々と続く単調な虐殺行為の裏返しだった。
「アナタ、勇者様よね」
人影の正体は女だった。砂埃のせいかその金の髪はくすんで見える。服に出来た傷から負傷した肌が痛々しく映っていた。
しかし、女は笑っていた。荒い息を吐き、痛みに震えながらも、余裕を演じるように。
「うん。顔、見た事無かった?」
「いや、見た事はあるわね。何度も」
「そう。で、わざわざ出てきたって事は、私と何かお話したいの?」
「ちょっと……言っておきたい事があってね。多分、アナタがこんな事をしてる理由について」
「……へえ」
予想すらしていない答えだった。
自身の目的。先程は賢者に自ら語ってみせたが、共感も理解も得られる前提ではなかった。
自分だけが掲げ、遂行出来ればそれでいい。最初から周囲と断絶した姿勢。だからこそ、見ず知らずの女がそれに関して言及しようとするのは奇妙だった。
「じゃあ、私は何の為にこんな事をしてるかな?」
好奇を晴らす為の問い。女の的外れな答えを聞き、断絶をより確信し、然るべき処理をして次に向かう。
その筈だった。
「――カイナの為、でしょ」
「!」
反射的に、勇者は掌を向けていた。自らに直接的な危機が迫っているわけではない。しかし、己の目的を最短かつ的確に言い当てられた事に対する動揺が、その行動を取らせた。
「ふ、ふふ……まだ殺すには早いんじゃない?気になるでしょう?」
女は笑みを崩さない。光弾は――発射されなかった。
「私はね、知ってるのよ。カイナの事も。アナタの事も。カイナの方は実際に何度も顔を合わせてだけど、アナタはちょっと違う。カイナ越しにアナタを何度も視てきたわ」
「……ギフトか」
「当たり♡」
女は長らく秘めていた自身の秘密を、楽し気に明かした。




