八十一話 ある女の場合
久しぶりに訪れた王都は、まあまあ楽しかった。
流行のファッション、音楽、絵とか料理とか?目を惹かれた大道芸が劇の宣伝だったのはちょっと驚いた。そういう客引きもあるのかと。まんまと釣られた事に少し腹が立ちもした。
土地も人間もここと比べれば遥かに小規模なムラクじゃ見れない、味わえない光景。街を歩く人間も何処となく小洒落てる。暮らしや命の危機とは無関係とでも言いたげな呑気な顔。
何処となく常に張り詰めた、それでいて退廃的な空気感のあるムラクとは正反対だけど、それも悪くない。そういうのを感じるのが旅行の醍醐味だろう。
不満点があるとすれば、全部を一人で味わったことだろうか。
服も音楽も食事も、一人だとどこか味気ない。適当に暇そうな男の一人や二人を捕まえて紛らわせようかとも思ったけど、それも気が進まなかった。一人が寂しい時はいつもそうしてたのに。
……多分それは。
『もしあっちで会えたら……デート、しましょう?』
彼と戯れにした、有効かどうかも曖昧な約束が、何故か私の中で大きな意味を持っているからだろう。
いつもなら、まあ叶わないだろうなって、さっさと忘れ去ってる頃合いなのに。
柄にも無く、不確かな何かに焦がれている自分。
いつもの自分と行動や感じ方が違うのは、無意識に大きな変化の予兆を感じ取っているから……なんて、いつか出会った胡散臭い老人が語っていたのを思い出す。
不吉だな。宿で眠る直前、そんな風に思った。
☆
結局の所、それは正しかった事になる。大きな変化……目の前の景色が一変してしまうような出来事は起こったのだ。
ムラクの傭兵達も参加しているという王都内での儀式。何処となく胡散臭さを感じたそれが行われた日。
破壊と、混乱と、死。私はその真っ只中にいた。
人の流れに身を預けるまま、具体的に何が起こってるのか分からないまま、逃げて逃げて逃げて。
不意に衝撃が全身を襲った。強烈な音と痛みと共に吹き飛ばされる。壁が何かにぶつかってその場に倒れる。
痛い。私が慣れていないモノ。争いが日常の傭兵とは違って、私はそれに慣れていない。
痛みと息苦しさ。ただ、私のそれはそこまで重篤なモノではなく、少しの間悶えていると幾分かマシになった。
瓦礫の山から抜け出して、砂埃を掻き分けて、のろのろと歩き出す。真っ赤な血がそこら中に散っていた。
何事かに巻き込まれた。そう思考しながら砂埃の外に出た先で、私は見た。恐らくこの破壊を引き起こした張本人を。
赤茶色の髪の女……あれは勇者だ。以前王都に来た時に見た事がある。
そして、何度も読み取った事のあるイメージそのもの。
何故、あの女がこんな事をしているのかは分からない。だけど決定的な何かが起こっている。ここに来る前に彼から読み取ったイメージ。その答えがこれなのだろう。
……私は多分、蚊帳の外に居る。彼とあの女が歩む道に、きっと私は居ない。
――なら、言ってやる。蚊帳の外だとしても、このままあの女に殺されるとしても、言ってやりたい事がある。
私は竦んだ足を動かし、その瞬間沸き上がった衝動のまま、自ら破滅へと突き進んだ。




