八十話 じゃあね
そこにアスリヤが期待していた答えは無い。あるのは残酷なまでの真実。
目的とは、狂ったのか、元からそうだったのか、貴女は何なんだ。多くの問いが浮かんでは消える。その末に吐き出されたのは、懇願のような問いだった。
「私と……皆に見せていた姿は、過ごした時間は……全て、嘘だったのですか……」
「……そう。みんなの理想の勇者なんて本当はどこにも居ない。必要だから演じていただけ。全部嘘。本当の私は……愚図で鈍間で尊敬なんてされる筈も無い人間なんだよ?」
寂しさのような、悲しみのような。そんな色が混じっているようにアスリヤには見えた。しかしそれもすぐに消え、虚無に満ちた顔と共に片手を構える。
賢者諸共標的に含めた光弾が迫る。受け入れても良いと思った。最後に見えた感情を慰めに死ねば、この現実から逃れられると。
だが、アスリヤはそれを選ばなかった。
「【光壁】、か」
アスリヤと賢者だけを防護するよう、最小限に展開されたドーム状の【光壁】。光弾は完全に打ち消され、二人には傷一つ無い。
『……そうか。だがな、俺はお前が嫌いだ』
無意識に、アスリヤはギフトを発動していた。憧れが砕かれた今、残るのは一つだった。
まだ私は自分を肯定出来ていない。その先にある景色を見ていない。
『私が貴方に抱いていた執着の正体──恋です。それに、気づいたんです』
自覚した執着。一歩づつ、踏み締めるように確かめたかったそれをが、まだ残っている。
『また、会いましょう』
あの約束を、果たしてすらいない。
そうしてアスリヤが気力を振り絞る中――勇者は微かに懊悩していた。
【光壁】。勇者であっても破壊不可能の無色透明の壁を展開する、アスリヤの最大の武器。その持続時間と再使用可能までの時間は展開時の壁の規模に依存する。
そして現状では、アスリヤは自身と賢者を守る事だけを考えて壁を展開している。
このままアスリヤが現状維持に徹すれば、ギフト再使用時の切れ目もほぼ皆無。勇者でさえも手出しが出来ない堅牢で小さな砦。
破る方法はある。ギフトを連続で使用していればいずれ疲労による限界が来る。ただそれを待てば良い。
しかし、それを選択する理由が勇者には無かった。
「うん……なら、二人は放っておこうかな」
「え……?」
勇者にとってはアスリヤも賢者も、ギフト持ちの内の一人でしかない。
このまま時間をかけて、たった二人のギフト持ちを殺すのに固執する意味は無かった。
「じゃあね、アスリヤ。もう会う事も無いだろうけど、やり直した先でまた勇者一行になるんだったら、その時はカイくんの為に頑張ってよ。そっちの方が、多分幸せだと思うから」
理解し難い言葉と共に、勇者は宙を跳ねるようにその場から去っていく。恐らくはこことは別の場所で死と破壊を振りまこうとするその姿を。
アスリヤは、ただ呆然と眺めるしかなかった。




