七十九話 罅割れ
賢者がその場を去った後、アスリヤは最低限の自分の役割を果たし、残る避難民と仕事を部下に任せ自身も王都へと続いた。
出迎えたのは特筆すべき点の無い街並みだった。しかし、そこに立つ人々は皆一様に上空を、王都の中心の方角を見上げていた。
外からは城壁によって見えなかった、宙から発生し地上へと放たれる小さな光。アスリヤはその光に見覚えがあった。
「貴女がっ……この光景を生み出したのですか……!」
過ぎったのは賢者の自説。しかしそれを振り払いながら、真実を確かめる為に王都の中心部へと向かう。
進めば進むほど人々の様子は変化していった。アスリヤと逆方向に走り去っていく者が徐々に増えていき、倒壊した建物が目に付くようなった。そして、誰かが言った。
勇者が狂った。
アスリヤは立ち止まらなかった。最早、自身の目と耳で確かめる他無い。直接問いたださなければならないと。
そうして、見てしまった。賢者へと明確に己のギフトを向ける勇者の姿を。
「答えて下さいっっ!!!」
たった今目撃した光景。そして周囲の惨状。答えは明らかだったが、アスリヤは問う。威勢良く、義憤を感じさせる調子で。
そこにあったのは祈りだった。
何かの間違いではないかと。何か止むに止まれぬ理由があるのではないかと。
何か、私が納得出来る理由を語ってくれ。
祈り、怯え、そして逃避。それらを隠す為に、そして己が貫くと決めた生き方に沿う為に、アスリヤは吠える。
しかし、祈りの先はどこまでも無慈悲だった。
「うん、私がやったんだよ」
憧れが、罅割れる音がした。
「今日の出来事だけじゃないよ。魔物に魔王の死肉をばら撒いて活性化させたのも私。マクーレさんとタイヨウさんを殺したのも私。護衛の兵士を殺したのも私」
淡々と、何の呵責も無いかのように勇者が己の所業を明かすのを、ただ聞く事しかアスリヤには出来なかった。
「目的があるんだよ。大事な、私だけの、私がどうしてもやりたい事。その為に必要な事をしてる。ただそれだけ」




