七十七話 最後の
「……一応ね、私自身が魔王になってやろうかなって考えた事もあるんだよ。魔王を倒した後、今と同じような事をして魔王を名乗る。そうすればきっとカイくんは勇者として私を殺しにくる」
賢者の沈黙。それに構わず、サフィは言葉を止めなかった。
「でもそれじゃダメだ。神から授けられた勇者って役割を背負って、本物の魔王を倒す。そうじゃないと誰からも認められるような、文句の付けようのない勇者とは言えない。カイくん自身が望んでいた勇者とも違う。それに私は、出来ればカイくんと過ごせた筈の人生をやり直したい」
これが私の目的。だから狂ってるって言われても困るよ。勇者はそう語るが、最早対話は成立していなかった。
「ああでも、【交信】にあなたが言うような作用があるのは否定してないよ。ただ、人一人の思考とか性格を歪める程の作用は無いんじゃないかなあ。出来るのはあくまで誘導程度で、それなりの意志力があれば影響はほとんど無いと思うよ?」
それは、無自覚にも賢者を決定的に追い詰める発言だった。
仮に【交信】の影響で婚約者を見捨てたのであれば、賢者自身の婚約者を想う意思力が足りなかった事になり、影響が無かったとすれば賢者自身の意志で婚約者を見捨てた事になる。
どちらにせよ、賢者自身の責任を問われる。勇者が示したのは、そういう事だった。
「違う……そんな訳はない……私が、彼を見捨てる筈が……」
賢者は地面に膝と手を突き、地面を見つめ呟き始める。その目には先程まであった執念のによる力強さは無く、昏い空洞のような色がただただ広がっていた。
「……もう話したい事は無さそうだね。私も結構休憩出来たし、もう良いかな」
既に賢者に対話の意思は無い。そう判断した勇者は掌を向けた。これまで多くの命を奪ってきた光弾が生成され、標的を定める。
賢者がそれに対し何か行動を起こす事は無かった。既に、生きる意志は失われていた。
光弾が炸裂し、賢者を中心に破壊音と土埃が立つ。視界が晴れた時、そこにあったのは賢者の死体――では無く。
「……ああ、来ちゃったんだ」
「説明して下さい、勇者様……!この惨状は!一体何なのですかっ!!」
不可視の障壁と共に割り込んだ最後の勇者一行が、困惑と共に吠える姿だった。




