七十六話 理性
「時間を、巻き戻す……」
勇者が語った自らの目的、その最終地点。それは聞けば誰もが耳を疑うような荒唐無稽な話だった。
しかし、今この場で聞いていた賢者にとっては覚えがある話だった。
『世界の姿は一変するだろう。水車の例で言えば、水の流れに対して本来とは逆向きに回転するような。そんな不条理が起こる、かもしれない』
自らが示した可能性。勇者の答えはそれと符号していた。
「説明が難しいんだけど……神と魔王っていうのは対立している法則そのものなんだよ。今は神が優勢でこの世界に強く根付いてる。だから私達にとっての当たり前が当たり前のままでいられる。でも、それが魔王に傾けば」
「当たり前が当たり前ではなくなる……だから、ギフト持ちを殺すのか」
「……へえ、そこまで知ってるんだ」
勇者は明確に驚きの感情を示していた。自らを欠片ほどでも理解してくれる者など居ないと断じていたが故に。
「ギフト持ちの数を減らして、魔物の数を増やす。そうすれば二つの法則の均衡が取れるようになって、どちらともが世界に影響を及ぼせるような曖昧な状態になる。そうなってしまえば――【交信】で二つともに干渉しやすくなる」
「そんな事が」
「出来るよ。神も魔王も、本質的には同じようなモノだからね。神はもちろん、魔王にも死体を通じて干渉出来ることは確認済み。……ほら」
数秒間目を閉じた後、勇者は屋根に転がっていた小さな瓦礫を手に取り、離す。しかし瓦礫は真下へと落下せず、吸い込まれるように空へと昇っていった。
「魔王の方に干渉して、少しだけあっちの法則を適用してみたんだ。今の段階でもこれくらいなら出来るんだよ」
「……」
「これと同じ事をやって、私がまだギフトを授かる前の時点まで時間を巻き戻す。その際、また私がギフトを持ったり勇者になったりしないよう、神の方にも干渉して手を加える。そうすれば、世界は正しい形に戻る」
あまりにも壮大で、恐らく可能なのであろう手段。それに比べて理解も共感も及ばない目的。
勇者になんてなりたくなかった。その思いには賢者にも覚えがある。しかし、カイくんと呼ぶ人物を勇者にする為だけに、最早人間の域すら超えているであろう手段を用いる精神性。
狂っている。反射的に賢者はそう思った。しかしそれは、当初賢者が期待していたような意味ではない。
根本からズレている。何かを契機に思考が真逆へと変化した訳でも、感情に身を任せ支離滅裂な行動を取るようになった訳でもない。
合理的に、計画的に、自らが取れる手段を利用して、目的を達成する。
兵士を殺したのも、勇者一行を殺したのも、魔物の増加を煽ったのも、ギフト持ちを一堂に集め虐殺を始めたのも、全ては一つの目的の為。
普通の人間であればある筈の躊躇いや忌避感が無いだけで、そこには一貫した理性がある。
「そう、か」
賢者はその結論に、至ってしまった。




