七十二話 起源 一
地面に列を作って歩くアリを見るのが好きだった。小さな黒い点が延々と繋がってるかのように進んで行くのが。
一番前を歩くアリに、何匹ものアリが並んで付いて行く。きっと、何も考えていない。一番前に付いて行くことだけを考えている。
羨ましい。そう思っていた。
☆
「いい?サフィ。もっと自分で考えて、自分のやりたいことを自分の意思でやりなさい。誰かの言われるがままはダメよ」
母親は良くそんなことを言っていた。そんなことを言われるくらいには、私は無気力で自分の意思が無い子供だった。
家畜の世話。家の掃除。夕飯の手伝い。そういうのは良い。何をやれば良いかが明確だし、言われた通りにやれば良かったから。
でも、遊んで来いとか、友達を作れとか、そういうのは大の苦手だった。
普通はまず衝動があって、それを解決する方法を自分で考えて、行動する。私はこの衝動の部分が弱いようだった。
何かをやりたいと思わない。自分を突き動かすほどの衝動が無い。だから何をやれば良いか分からない。
誰もが持つ自由。それが私には息苦しかった。
『おい、おまえらなにしてんだ?』
だからあれは、私にとっての運命だったのだと思う。ある日私はいつものように一人でアリを観察していた。
それは当時、私が自発的にやっていた数少ない行動だった。なんとなく、アリを眺めているのは楽しかった。
そんな私にちょっかいをかけてきた子供を、追い払ってくれたのがカイくんだった。
『むしみんのもいいけどよー、そればっかじゃあきるって。おいかけっこしようぜ!』
カイくんはその後も何度か私の元に来て、別の遊びに参加させたりイタズラの手伝いをさせたりするようになった。
『アイツら絶対ただの旅人じゃねえ。化けの皮剥いでやる。行くぞサフィ』
次第に、私を引っ張るその手は強く、言葉は有無を言わせないように、視線はそれが当たり前のことだと定めるように、変わっていった。
『どいつもこいつも逆らいやがって。俺には何も言わず従っとけばいいんだよ。なあ、サフィ?』
私の首から見えない紐が伸びていて、それがカイくんの手に握られている。
カイくんの側にいることが当たり前で、カイくんの言う事に従って、カイくんがやりたいことを私もやる。
――一番前を歩くアリに、何匹ものアリが並んで付いて行く。きっと、何も考えていない。一番前に付いて行くことだけを考えている。
ああ、こういうことなんだなって。前を歩く背中を見て、ある日私は確信した。
私の生き方はこうなんだって。私の前を歩いてくれる人はカイくんなんだって。
ピタリと何かが嵌ったような気がした。それが無性に嬉しかった。
――嬉しかったのに。




