七十話 勘違い
「……もう少しかな」
家屋の上から真下を見下ろしながら、勇者は呟く。その周囲には逃げる間も無かっただろう人々の死体が散乱していた。
広場に集まったギフト持ち、そして市街地の人々。勇者はそのことごとくを殺した。
標的を定め、殺す。その場から移動し、混乱と共にまた死を振り撒く。
破壊と殺戮。それを為す勇者はどこまでも虚無的だった。
血に酔う訳でもなく、加害に悦びを感じる訳でもなく。
「ふう」
ただ淡々と。目標を達成する為の単調な作業を繰り返す労働者のように。勇者は命を奪い潰していく。
そこに大きな感情の揺れ動きは無かった。
「お前が!勇者だな!」
だからこそ、その声はよく目立った。見つけた、という喜色を滲ませた幼い声色。勇者を目にし、逃げるどころか近づいてくるのは小さなシルエット。
「……誰?」
勇者が即座に攻撃をしなかったのは相手の姿が子供だったからではなく、その不可思議な様子が疑問だったからだった。
これまで逃走ではなく、自分に対話を図ってきた者の目的は行為の停止だろうと察する事が出来た。しかし今回は違う。
子供――賢者は興奮と共に勇者に問う。
「お前は【交信】の影響で狂ったんだな!?でなければこんな事、する筈が無い!」
【交信】が持つ作用の証明。それこそが賢者が生き延びてきた理由。
あの時、婚約者を犠牲にしたのは自分の意志ではない。初めから決まりきっていたその結論に心から納得したいが為に、狂っているのかという聞いても仕方がない問いをする。
理屈と調査を積み重ねてきた先にあったのは、剥き出しの執念そのものだった。
しかし、勇者の返答は……示された答えは。
「誰かは知らないけど、私は狂ってなんかいないよ。そう見られても仕方がないとは思ってるけど」
「なら何故だ!虐殺をして何になる!何故護衛の兵士を殺して失踪した!【交信】が正常に機能していると言うのなら、何故それだけの力がありながらまだ魔王を倒していない!」
「んー……あ、【交信】の影響ってアレの事か。――あなたが私になんて言って欲しいのかは知らないけど、色々知ってるみたいだし休憩ついでに少し話そうか。よいしょ」
勇者は自身が立つ家屋の屋根の端に座り、頬杖を付いた。降り注ぐ日差しが地面へとその影を落とす。虐殺が始まってから初めての他者との対話だった。
「まず最初に。なんでまだ魔王を倒していないのかって質問だけどさ、根本的な勘違いをしてるよ」
「勘違いだと?」
「うん。――だって魔王は、もう倒したもん」




