六十五話 始めよう
雲一つない晴天だった。その日を天が祝福するかのように大地には太陽が満遍なく降り注ぎ、時折柔らかい風が頬を撫でていく。
「いよいよ今日だね」
「いいなあ。俺もギフトがあればなあ」
「別に外からでも見れるんだからいいじゃん。それにただ集まってお祈りするだけだし。正直、私はちょっと面倒」
「あ、そんなこと言ったらバチが当たるぞ」
浮足立った二人の男女が。
「祈るっつったって何すれば良いんだろうな」
「目つぶっときゃ良いんじゃね」
「お前らそんな事も知らないのかよ。あのな、お祈りってのはちゃんと作法があって――」
三人の軽薄な若者が。
「ふう……一応はギフト持ちとはいえ、こんな老いぼれが力になれるかのう……」
「何言ってるんですか。ウチはアナタしかギフト持ちが居ないんですから。家族を代表するような気持ちで行ってもらわないと困ります。王城の敷地内に入るんですからね」
「お爺ちゃん頑張ってー」
ありふれた家族の内の老人が。それぞれがこの日、王都のある場所へ集まる為に動いていた。
彼らの共通点は一つ。ギフト持ちであること。そして王都はエルシャ、そして世界で見ても最も多くのギフト持ちが生まれ、集まる神に愛された地と呼ばれている。
ともすれば幾多のトラブルが発生し得る状況の中、兵士達の誘導により大量のギフト持ちが王城直下の広場へと集まっていく。
「お祈りが意味あるのかは知らないけどさ、勇者様を見れるってんなら行くしかないよね」
「必要だからやるんだろうし、意味がないと困るよ。今だって外に避難してきた人達が大勢居るんでしょ?お祈りなら幾らでもするから、早く魔王を倒して欲しいよ」
「そういや行方不明で捜索中みたいな話出てたけど、あれなんだっただろ?」
「兵士やってる叔父さんによると本当に居なくなってたらしいよ。最近になって帰って来たらしいけど」
「何それ」
儀式への姿勢は各々それぞれだった。魔王や魔物に怯え縋るように祈ろうとする者。物珍しさで足を運ぶ者。儀式を主導するという勇者の見物を目的とする者。
彼らの中に危機感を持っている者は居なかった。王都そのものが関わる公的な祭事であり、そこには人間の守護者とも言える勇者が居る。
程度の差はあれど、彼らは知っている。勇者の力は絶大であり、魔王復活後増加した魔物を誰よりも屠って来たことを。そこには一種の無自覚で盲目的な信仰のようなモノがある。
危機感など、持ちようが無かった。
「おっほ、とんでもねえ人だかりだな」
「こりゃあムラクじゃどう足掻いても体験出来ねえ。所詮俺達は田舎者だよ。……おい、ランド!置いてっちまうぞ!」
「あー……飲みすぎた。浮かれてんな、これは」
「一応トラブルが起きたら対応してくれって話なんだからよ、もうちょい真面目にやった方が良いんじゃねえか?」
「つっても平和なモンだぜ。兵士どもの誘導がしっかりしてら。俺達は気楽にやってて良いだろ」
それは他国から訪れた傭兵達も同じだった。参加すること自体が仕事であり、争い事を生業とする彼らでさえも気が抜けていた。何かなど、起こる筈がないと。
――そうして、参加者の打ち止めを示すべく広場へと続く幾つもの門が順に閉じられる。この時点で儀式への参加者は万を超えていた。
太陽がゆっくりと、それでいて確実に人々の頭上へと昇る。それに連れて人々の喧噪はまた少し、また少しと収まり始め、ついには沈黙が訪れる。その時、刻限を示す管楽器の甲高い音が広場へと轟いた。
「さあ、始めよう。どうしようもなく歪んだ全てを、正しい未来に戻す為に」
王城のバルコニーへと続く扉を前に、勇者は笑う。楽しさなど欠片も感じさせない空虚な笑みで。




