六十三話 欠伸 後
広大な敷地に聳え立つ巨大な輪郭。歴史を感じさせつつも白亜の輝きは健在であり、その威容は遠目からでも十二分に確認出来る。
エルシャ、そして王都の象徴である王城。そのバルコニーの一角に二つの人影があった。
「お主の提言通り王都全体に触れを出した。今日より十日後、太陽が我らの真上へ昇る時、この広場は神に愛された者達で埋まるであろう」
威厳に満ちた声音で人影の片割れ……老いた男は目の前を示す。そこに広がるのは僅かな建築物によって周囲を囲まれ装飾された広場だった。
「まさか、あの伝説を全く同じ場所で再現することになろうとは、この広場も思わなんだろう」
「ありがとう、王様。こんなに速く準備が進むなんて思わなかった」
その男に対し、もう一つの人影――サフィは気安い口調と笑顔で答えた。
「いきなり帰ってきて、いきなりこんなこと言い出して、迷惑だったでしょ」
「お主以外の頼みなら聞きはせんよ。魔王復活から今日この日まで、お主は勇者としてよくやってきた。類稀な資質と善良な気質。勇者になるべくしてなったようなお主だからこそ、儂も含めて皆が頼みを聞いたのだ」
「……」
「この地に起きているという異変。それがお主が姿を隠していた理由であり、あの猛き二人が無念にも命を落とした理由であると」
「うん」
「それを解決する為に、儀式を……セリエナの祈りを早急に再現する必要がある」
「そう。……セリエナはただ神に縋る為に祈ったわけじゃない。勇者、それとなるべく大勢のギフト持ち。この二つが揃えれば実際に魔王討伐に有用な力が手に入る筈なんだ。それがあれば、あの二人を殺した相手も、魔王も。何とかなるよ」
「あの伝説にそんな理由があったとは、少なくとも儂は聞いたことがない。しかし他ならぬお主が危惧し、現に不可解な被害が出ていることを考えれば、協力せんとは言えんよ。それにこの儀式が成功すれば民の心も幾らか晴れるだろうからな。姿を隠していたお主が再び表に出る場としても適している」
親しみやすさを感じさせつつも為政者としての顔は確かにある。そんな男――今代の王は大きな信頼を見せていた。隣に立ち、人好きのする笑顔を浮かべる勇者へと。
「おお、そういえばアスリヤはどうした?彼奴は無事な筈であろう」
「【転移】持ち越しに連絡はしてるよ。丁度遠くに居たみたいだから、アスリヤには儀式が始まるギリギリまで各地に散らばった兵士と一緒に避難民を集めて貰うことにしたんだ。そういうの、向いてると思って」
「ふむ。……あの二人が抜けた穴はどうにか埋めなければなるまいが、当初の勇者一行としてはお主ら二人だけが残った形になる。互いに支え合い、困難に打ち克つのだぞ」
「うん。……くぁ――少し、寝てくるね」
「はは、眠りの勇者は健在だな」
わざとらしく欠伸をし、サフィはその場を去る。王の軽口に対しても浮かべた笑顔はそのままだった。
誰からも愛される、勇者。その表情が剥がれる事はない。
「……ごめんね」
どこまでも冴えた眼で、サフィは誰にするでもない謝罪を呟いた。




