六十一話 美味い話
依頼が終わり、アスリヤがムラクを去ってから数日が経った。
その間、俺に指名依頼は来ていない。それもその筈だ。指名依頼なんてのは本来はそうそう来ない。エルシャというバックがあるアスリヤだからこそあれだけの羽振りの良さが実現出来たんだろう。
久しぶりに、何をするでもない時間が続いている。メシを食い、何となくで酒を飲み、賭け事に金を散らし、眠気に身体を任せる。
そんな生活の中、俺は不思議と落ち着いてた。
今までどこか感じていた理由の無い不満足感。それが無い。余計なことを考えず、ただ何も無い日々を過ごす。あまり感じたことのない感覚。
──ただ、いつまでもそれが続くわけではなかった。
「お、ちょうど良い時に来やがったな」
夜、ふらりと立ち寄ったギルド内がやけに活気付いていた。その内、俺が来た事に気づいた一人──ランドが声をかけてきた。
「何かあったのか」
「少なくとも俺は聞いたことが無い。現状依頼を受けてない傭兵全員に、指名依頼が来た」
「全員?」
「ああ。俺も、多分お前もな。というか今ここに居る連中は漏れなく指名されてる」
「……誰からだ」
「国──エルシャだな」
国そのものが依頼人。それ自体はあるにはあるが、ここまで大量の傭兵を求めるケースは確かに聞いたことが無い。
疑問を浮かべる俺に対し、ランドはしたり顔で説明を始める。
「ここまで大口ってなるとギルドの上の連中と向こうはガッチリ肩を組んでんだろう。その分、報酬は確かだしある程度の人数なら拒否も許容するって話だ。まあ、こんな美味い依頼、受けないヤツは居ないだろうが」
「……依頼の内容は?」
「それがな、基本は王都でやる儀式に参加するだけって言うんだ。お前、セリエナの祈りって知ってるか?」
「いや」
「昔神殿でちらっと聞いたんだが、確か当時の勇者だったセリエナって女が魔王討伐に苦戦していた時、各地から大量にギフト持ちを集めて一斉に神に祈った。で、その甲斐あって魔王には勝ったって話だ。おとぎ話だか実際にあった話だかは俺も知らんが」
神、勇者、魔王。ここ数日で遠ざかっていた言葉。忘れるなと、誰かに言われてるようだった。
「それにあやかって同じようなことをやるんだと。だから俺達を集めて数を揃えたいんだろう。失踪してた勇者は帰って来たらしいが、こんなことを大真面目にやるくらいにはあっちは行き詰まってるのかねえ。それか最近、エルシャ内の魔物の増加がヤバいのが理由で王都に避難民が集まってるようだから、そいつら含めた民衆へのパフォーマンスってのが本線かもな」
「基本、と言ったが他に何かあるのか」
「ん、ああ、王都までの道中と王都内で何かあったら戦ってくれって条件だな。儀式で集まるついでに有事の際の戦力として扱わせて貰うって事だろう。傭兵としちゃそっちが本分だが、あくまでメインは儀式の参加だ。道中はともかく王都で何かあるとは思えんし、あったとしてもまず動くのはエルシャの兵士なのが道理。だから俺達は余程のことが起こらん限り、退屈な儀式に参加するだけでがっぽりって寸法だ。どうだ、美味い話だろう?」




