六十話 また
目覚めたのは朝と昼の境目、何とも言えない時間帯だった。
ダラダラと寝床から起き上がり、顔を洗い、汲んだ水を飲む。窓からは温い光が差し込んでいる。
もう一眠りするか。それとも外に出るか。なんて事を考える。
何が始まるわけでもない、退屈な一日の始まりだった。
☆
あの報告を受けた直後、俺達はすぐさまムラクへと帰還した。賢者を探し出すという目的を達成したのを考えれば当然だが、その足が急いていたのはそれだけじゃないだろう。
ムラクへ帰還後、アスリヤはギルドで早々に依頼達成の報酬を俺とニタに払い、王都へと戻る意志を告げた。
「休む暇も無くすいません。私だけでは手続きは出来なかったので」
「謝る必要無いっスよ。こっちとしてもさっさと報酬を貰えるのはありがたいっスから。カイナくんも同じっスよね?」
「まあな」
「……ありがとうございます。私が無事に帰ってこられたのは貴方達のお陰です。それも込みの依頼ではあったのですが、それはそれとして感謝を」
「ま、結局意味は無かったって感じっスけどねー。アタシらがひーひー言ってる間に探してた相手は帰って来てたんスから」
「それでも無駄とは思いません。あの時私が出来る精一杯をしたんですから。……それに私自身、今回の依頼で有意義な気づきがあったので」
「あと、賢者様っスね」
ニタがちらりと見た方には賢者が居る。事前の話通り、賢者はこのままアスリヤに同行し王都に向かうようだ。
「というか勇者が帰ってきたなら、賢者様がついて行く必要も無いんじゃないんスか? 行方不明になったのは頭がおかしくなったからって話だったっスよね」
「帰ってきたからといって正常とは限らないだろう。直接この目で見るという目的は変わらない」
「私も約束を違える気はありませんよ。勇者一行として、勇者様に取り次ぎます。とはいえ、何も起こらないと思いますが」
アスリヤの表情からは、これまであった険しさが取り払われていた。
勇者が帰ってきた。その報告を聞いた時点で、コイツの中で勇者は狂ってなどいない、一連の不可解な事件とも無関係だと、天秤が傾いたのだろう。
「……もう話す事も無いだろ。俺は帰る」
「アタシも、流石に疲れたから寝たいっス。解散っスね」
「あっ……カイナさん!」
依頼は終わった。そう思い帰ろうとしたところで呼び止められ、振り返る。
アスリヤは一瞬悩むような仕草を取った後、それまで見た事もないような……力の抜けた微笑みを見せた。
「また、依頼を受けてくれますか」
「報酬が良ければな。あと、兵士になれだの面倒なことを言わなければ」
「正直に言えば、まだその思いはあります。魔王討伐が終わった後も私は軍に居続けるつもりです。それならば、貴方が兵士であった方が、より側に居られますから」
同じく立ち止まっていたニタがぎょっとしていた。恥ずかしげも無く、アスリヤは続ける。
「私は貴方に肯定されたい。貴方から行いを褒められたいんです。それこそが私にとっての、何よりの自己肯定。私が貴方に抱いていた執着の正体──恋です。それに、気づいたんです」
「……そうか。だがな、俺はお前が嫌いだ」
「知ってます。覚えてますよ。それでも、諦める気にはなれません。迷惑をかけても、醜態を晒したとしても。私には貴方が必要です。私が私である為に」
毅然とした表情と声は出会った頃のものと同じ。だがどこか、これまでよりも確かな意思が籠っているような気がした。
「それともう一つ、言っておきたいことが。貴方は、イバラを殺した犯人を捕まえた時のことを覚えていますか」
「……ああ」
「あの時、私は犯人を殴れなかった。私が定めた生き方に反すると思ったからです。でも本心では殴りたかった。彼が生み出した無責任な死に、痛みを与えてやりたかった」
「……」
「そんな願いを貴方は叶えてくれました」
「お前の為じゃない。……俺は俺でムカついてただけだ」
「それでもお礼が言いたいんです。ありがとうございました。でも、また同じようなことが起きたとしても、やっぱり私は殴れないんだと思います。矮小な理由で始めた生き方でも、たとえ途中で挫けそうになったとしても、貫く価値はあると思うんです。貴方が認めてくれた生き方だから、というのもありますが」
「それで、本当にやりたいことが出来なかったとしてもか?」
「どこかで折り合いは付けるべきだと思っています。思うがまま、本当の意味でやりたいことだけをやった先にあるのは、自身の破滅だと思うので」
「……お前とは、考え方が合う気がしないな」
「程度の差ですよ。それに、少しは貴方を見習ってみようと思ってるんですよ?……これまでの生き方は貫く。貴方に自分を肯定して貰うという欲望も叶える。ワガママだとは思います。でも貴方風に言うなら、これが私なりのやりたいようにやる、です」
「俺の意向は無視か。どこまでも厚かましいな。いや、最初からそういうヤツだったか、お前は」
「ふふ、そうみたいですね。なので──また、会いましょう」
晴れた空のように、清々しさすらある態度のまま、アスリヤは去っていった。
面倒なヤツに目を付けられた。当初から抱いていたその思いは変わらない。むしろ面倒さは増している。
ただ……何故か思っていたより、気分は悪くなかった。
「え、二人ってそういう関係だったんスか?」
横で何かを言ってるヤツを無視し、俺は帰路についた。




