五十八話 ある男の不安 前
これは俺がまだ王都に来る前、つまりは生まれ育った村での話だ。
その村は取り立てて言う事も無いよくある村だった。当時は既に魔王が復活した影響で魔物は増え始めてた頃だが、今と比べればまだまだ呑気なもんだったよ。
そんな村のガキンチョ共の中に俺は居たわけだが、明確に一人嫌いなヤツが居た。
ソイツは村長の息子だった。いつもそれを笠に着て威張ってるようなヤツだった。ただ、威張ってるだけかと言われればそうでもない。村の側に魔物が出たなんて噂が流れた時にはガキ共を束ねて不用意な行動をしないようにしてたし、遊んでる時も自分だけは周りを気にしてるような素振りを見せた。
まあなんだ、偉いヤツの責任みたいなのをガキなりに果たそうとしてたんだろうな。それはそれとしてクソ野郎だったが。
しかも、そんなクソ野郎はなんとギフトを三つも貰っちまった。トリプルってヤツだ。
そっからは更に威張るようになったよ。ギフトって分かりやすい力を持ったのもあったんだろうな。だからあんなことになったんだ。
ウチの村が勇者の故郷ってのは知ってるよな。そうそう、今行方不明だってウワサの。
だからさ、神託ってのがあったんだよ。この村から勇者が生まれますって事前のな。それに反応したのがそのクソ野郎だった。
勇者は大体ギフトをより多く持ってるヤツがなるもんだ。だからソイツは宣言したんだ。俺が勇者だってな。
確かに村にはソイツ以上にギフトを持ってるヤツは居なかった。俺だって面白くないとは思いつつも、コイツの言う通りなんだろうなあって思ってたくらいだ。
――ただ現実はお前も知っての通りだ。勇者は野郎じゃねえ。当時村の連中のほとんどが予想していた結果は、あっけなくひっくり返っちまった。
で、ソイツは勇者が誰なのか分かったその日に騒ぎを起こして、村から出て行ったんだ。それっきり話は聞かねえ。
清々しただろうな、って思ったか?そりゃしたさ。散々威張ってたヤツの鼻がポッキリ折れてどっかに行ったんだからな。ざまあみろって思ったね。
ただな、別にそればっかりじゃなかったんだ。自分が勇者だって宣言した後のアイツは毎日毎日魔王と戦う為の訓練をしてた。俺が村を、世界を守るってな。
多分それは本当だったんだ。口だけのヤツじゃなかった。実際、村に来た魔物と戦ったことだってあった。そん時はバカなガキの一人が反骨心と興味本位でその魔物に近づいてな。
危うく死にかけたとこを駆け付けて、ソイツを守りながら魔物を倒しちまった。ギフトがあるとはいえ、まだ毛も生え揃ってないようなガキがだぞ?
クソ野郎ではあった。だが勇者になるって気持ちも力も本物だった筈だ。……じゃなきゃ俺は、今頃ここにはいねえ。




