五十五話 神について 前
「そういえば、さっきの賢者様の話で気になったことがあるんスけど」
「さっきの?」
「勇者が貰うギフトには思考誘導とかなんとかの話っス」
「ああ」
地下道を歩く中、どこか気安い調子でニタが話題に出したのは【交信】に関する話だった。始めにこの話をしていた際はコイツは寝ていたが、起きた後に改めて賢者から話を聞いている。
ニタとしては勇者云々に首を突っ込みたくないのか聞こうとはしていなかったが、アスリヤの希望で渋々頭に入れていた。アスリヤ曰く、今後もニタには仕事を依頼したいらしく、賢者の話は聞いておいて欲しいと言っていた。
ここで断らなかったのはアスリヤが雇い主として優良だからだろう。金払いを惜しまない相手からの誘惑に耐えられなかったという訳だ。
「勇者が魔王討伐を嫌がった時とかの為にって話だったと思うんスけど、なんかやり方が回りくどくないっスか?神様なんだから最初から絶対に裏切らない人を選ぶとか、神様自体が完全に勇者を操って魔王を倒させるとかの方が確実だと思うんスけど」
軽い調子と反対に、その質問は賢者の自説に対する鋭い疑問のように思える。アスリヤも同じだったのか、小さく口を開けてニタの方を見ていた。
アスリヤは【交信】の作用についてあるかないかで考えていたが、コイツはあったとした場合の疑問点、それも神に疑いを向けている。少し感心したような声音で、賢者は返答する。
「そもそもの話だな。逆に聞くが、お前達は神をどう捉えている」
「なんか凄い人……いや、神……?」
「お前は」
「……人間にギフトを与える何か」
「お前は」
「私達人間の繁栄を望む最上の存在。諸説ありますが、神殿ではそう説かれています。私はあまり信心深い方ではありませんが……」
「そんなものだろうな。お前達の認識は間違ってはいない。だがさっきの質問には明確な答えがある。出来ないんだ」
大抵の人間が曖昧に捉えている神。それを切り捨てるような答えに、若干の緊張のようなものが場に流れた。
「裏切らない勇者を選べ、完全に操れ。ごもっともだが、そもそもの話というのならなぜ人間に戦わせる?人間では及ぶべくもない上位の存在なら直接その手で魔王を倒せばいい。そうだろう?」
「それは、そうかもしれませんが」
「だがそれをしない。なら出来ないと捉えるべきだろう。同じく、思考誘導よりも確実に勇者を魔王と戦わせられるような方法も出来ないんだ。思考誘導は、神が出来る最高の干渉なんだよ。――私はな、神をそこまで絶対的な存在とは思っていない」
「わあ、神殿の神官が聞いたら卒倒しそうな考えっス」
「お前達は風に意志を感じたことはあるか?流れる水に作為を覚えたことは?時の経過に疑問を抱いたことは?……神もそれと同じだ。この世界の当たり前を形作る法則、それを運行する、あるいはそれそのもの。神とは理だ」
「なんか難しいっス」
「そうだな……水車のようなものだと思えばいい。水の流れを受けてただひたすらに水をくみ上げる。そこに水車の意志はない。設計通りにただ正常に回り続ける。【交信】で聞こえる声も同じだ。声と表現するからそこに意志を感じてしまうが、言うなればあれは水音だろう。私が調べた限りでは、神とはそういうものだ」
「へえ、神様って水車だったんスね」
「そして、その回転を阻害するのが魔王、もしくは魔王の上に居る何かだと考えている。だからもし仮に、魔王がこの世を支配したとすれば」
「すれば?」
「――世界の姿は一変するだろう。水車の例で言えば、水の流れに対して本来とは逆向きに回転するような。そんな不条理が起こる、かもしれない」




