四十五話 嫌よ嫌も
「あれ……私……」
「起きたか」
焚き火越しで目を覚ましたアスリヤはまだ意識が定まってないようだった。身体を起こし、安定しない視線で周囲をぼんやりと見る。
「ここは……」
「遺跡の中だ。ここに着いた瞬間、お前は倒れた。それから二時間程度ってところだ」
「そう、ですか」
「とりあえず飲め。それと汗を拭け」
俺はアスリヤの側に用意していた水を指し示した後、手元にあった布を投げ渡した。結局、コイツが寝ている間はたまに額の汗を拭うに留まった。というより、それ以上の過剰に献身的なことをやってやる義理が無い。もうあの時のような看病はゴメンだ。
水の存在に気づいたアスリヤは、自分の喉の渇きを思い出したかのように手を付けた。少なくとも、水すら喉を通らないということは無いらしい。
「体調はどうだ」
「熱と、倦怠感と、思考に靄がかかったような感じです。多分、これは」
「風邪か」
「……恐らく」
申し訳なさそうな表情でアスリヤは頷く。依頼人である自分が真っ先に体調を崩したことに負い目でも感じているのだろう。こちらとしては風邪程度で良かったという気持ちだが。
「お前のギフトで治せないのか」
「無理です。【顕快】の治療可能な対象に、この手の体調不良は入っていません」
「そうか。ならしばらくここでお前の快復を待つ。ここで大人しくして、さっさと治すんだな」
「……すいません」
そこから沈黙が続く。しばらくして俺が荷物から携帯食料を取り出し差し出すと、おずおずと受け取る。火が弾ける音、食事の際の小さな身じろぎの音、気持ちよさそうに寝てるヤツの寝息。その場にあったのはそれだけだった。
「あの、すいません。汗を拭いてもいいですか?」
食事を終えたアスリヤから来たのは、言外の意味が込められた質問だった。その間、俺がここから居なくなれば現状唯一まともに動ける存在が居なくなり、大人しくしてろと言った手前ここから離れた場所でやれとも言いにくい。あちら側にも同じような逡巡があったんだろう。
俺は焚き火に背を向けることで応えた。
「すぐに終わらせるので……」
沈黙を背景にした環境音に衣擦れの音が混じる。それが何となく気まずかったから、俺はわざわざそんな話題を振ったのだろう。
「うなされているように見えたが、悪夢でも見ていたか」
「え?……はい。私にとっては悪夢のようなものかもしれません。眩しい、悪夢。……何か、寝言でも言っていたのでしょうか」
「皆と違う、とか何とかは言っていたが、大抵は聞き取れるほどではなかったな」
「……そうですか。――カイナさん、貴方に聞いて欲しい話があるのです」
「話?」
「はい。自分でも良くは分かっていないですが、私が貴方を兵士にしようと執着していた理由がそこにあるかもしれないんです」
「……」
「誰かに話すことで、自分を整理したい。無性にそう思うんです。体調が悪いからかもしれません。ただ、そういうやり方があると不本意ながら学んだばかりなので。自分勝手で申し訳ないのですが……」
「それで気分が晴れるというのなら好きにしろ。もう今更だ。依頼の範疇とでも考える」
それは確かな本音だった。だが同時に、なぜ俺に纏わりつくのかという話に興味を惹かれていたのかもしれない。
なんだかんだでここまでの付き合いになってしまった、アスリヤという女の話。明確に嫌いだと認識した相手の話を、嫌悪どころかこの機会にさっさと聞いて自分の中で納得してしまいたい。そう感じている。
『嫌よ嫌よも好きの内ってね』
気色悪いとさえ感じたあの無責任な言葉が、頭の中に響いた。




