四十三話 夢想 前
私は幼少期の記憶が無い。それ自体はよくある事だろう。赤ん坊から物心がつくまでの間を詳細に憶えている、という人はあまり聞かない。
だから、具体的に何があったかは分からない。どういう経緯でそうなったのか、何をもってそうしたのか、知識として知っていても覚えてはいないし、そこに関しては私もさして興味はないと言っていい。
ただ……残ったモノがある。私の生みの親が私を捨て、その先に残ったモノ。
それは、自分と皆は違う、という感覚だった。
☆
「アースリヤー!あーそーぼー!」
私はエルシャの片隅にある小さな村で育った。近辺には同じような村が幾つかあって、中々の遠出をして街と呼べる場所に行ける。そんな村だった。
「おい、アスリヤ……いいから!あっち行こうぜ!見た事ない鳥が居たんだよ!」
そこは平穏に満ちていた。大きな問題なんてどこにも無くて、家畜の脱走がここ最近で一番大きい話題だった時もあった。
そんな場所で住む人々は、皆優しく豊かな心を持っていた。
「アスリヤ、何か困った事や悩みがあれば言うんだぞ。ワシで良ければ相談に乗るからな」
皆が笑い、日々を過ごしている。それは私も例外じゃなかった。その輪の中に私も入って、平穏を享受していた。
――だけど、人はいつだって気づかなくていい事に気づいてしまう。
水面に映る自分の姿。太陽に照る銀色の髪。薄い青の瞳。褐色の肌。
同じような特徴を持つ人は村には居なかった。私はそれを疑問に思って、両親に尋ねた。
「……うん、アスリヤは賢い子だから、きっと理解するだろう。本当の事を話そう」
両親は決めていたのだろう。私の疑問には素直に話そうと。そうして私は真実を知った。
ある日、どこか遠い国から来たのだろう旅人がこの村に来た。旅人は村の十分な対応や歓待を受ける暇も無く、その手に抱えていた赤ん坊を託し村をすぐに去った。
通じない言葉での短いやり取りの中、何とか名前らしき言葉は聞き取れた。それこそがアスリヤという名。そして、私こそがその赤ん坊である、という話だった。
つまるところ、私は村での生まれではなく両親も生みの親ではない。子供が出来なかった夫婦が引き取り手になり、今日まで育ててくれた。物心が付き始めた時期に私はその真実を知った。
ただ、私に大した動揺はなかった。なぜなら村の皆も両親も、私を心から愛し村の仲間として受け入れているのは分かっていたからだ。
本当の親というのにも興味はあるがそれだけだった。不安だったのだろう両親はそんな私の様子を見て、静かに涙を流していた。
――私は恵まれている。ともすれば村の負担として、忌むべき存在として扱われていてもおかしくなかった。場所に、時期に、人に、全てに恵まれていた。
だからこれは、ただただ私が勝手に抱えている意識の話なのだ。




