三十六話 ニタ
俺がアスリヤから依頼を受けた翌々日には、俺達三人はムラクを出発していた。ムラクから永雪域まではそれほど遠くない。
馬車で近づけるだけ近づき、そこからは徒歩で移動。道中で何度か魔物との遭遇はあったが全て危なげは無く、出発から二日後の昼には永雪域の入口に足を踏み入れていた。
「ここからは降雪と寒さが本格的になってくる。視界も不明瞭になるだろう」
街道を逸れ永雪域に使づくにつれ気温やまばらに降る雪といった変化が表れるようになったが、決定的にここからが永雪域だという場所があった。
そこから先は雪で地面が覆われ、空は固定されたような分厚い雲によって薄暗く、完全に途切れることはないだろう降雪が視界を埋める。わざとらしいほどの変化だった。
「互いを見失うのは極力避けろ。何とか出来るギフト持ちがいるからといって甘えるな。互いを意識し続けろ。――ニタ、マーキングは途切れていないな」
「大丈夫っスよぉ。これ消えちゃったらアタシも死んじゃうんでぇ、死んでも維持するっス」
この依頼を受けたもう一人の傭兵、ニタはへらへらとした緊張感の無い口調で答えた。俺とアスリヤと同じ厚着は前提として、顔に目鼻と口だけが出るよう包帯を巻いている女だ。
場所を問わず常にこの顔で行動していることから気味悪がるヤツも居るが、コイツが持つギフトは間違いなく有用だ。
「事前にマーキングしたモノの位置をどこに居ても把握できるギフトと、自分を中心に周囲のモノを探知できる探知系のギフトのダブル……やはりニタさんは、この依頼に最適とも言える傭兵ですね」
「うえっへ!? そ、そんなに褒めても何も出ないっすよぉ」
頭を上下させる謎の挙動をしつつ、ニタはアスリヤの賛辞を受ける。その容姿の怪しさからか俺が紹介した時は懐疑的だったが、すぐに納得したようだった。
「適切な評価ですよ。胸を張ってください」
「へええ……まあ、このギフトのせいで結構苦労してるんスけどね……」
マーキングによって帰還の際に迷わない上に、幅広い使い方が出来る探知系のギフト。アスリヤも言った通りコイツはこの手の劣悪な自然環境で活きる傭兵だ。
それが原因で今回のような環境的な危険度の高い依頼からの需要が高いからか、本人は苦労しているようだが。
「それにしても、本当に来ちゃったんスねえ、永雪域。アタシだってこんな場所に来たことないんスよ?めちゃ寒いし、なんか怖いっス」
「お前は毎回、今回と危険度的には大差ない依頼しか受けてないだろ。その感想は今更だ」
「生きる為にやってるだけで毎回嫌は嫌なんスよぉ。アタシはカイナくんみたいに割り切れないっス」
「カイナさん。そろそろ」
「ああ。当面の目標は内部にある遺跡とやらを見つけることだ。そこを拠点にした後はニタのギフトで同じような遺跡を探し、賢者を探す。確認しておくが、本当にこれでいいんだな?」
「はい。歴代の勇者が賢者と出会ったのは全て内部にあるという遺跡の中です。私達もそれにならって探すしかありません」
「良し――行くぞ」
先頭は俺だ。不安定な雪の上を歩く為の慎重な一歩を俺は踏み締める。
「それにしても、とんでもないことに巻き込まれてる気がするっス……説明して貰った勇者云々のアレ、この依頼が終わったら聞かなかったことにしてもいいっスか?」
後ろ向きなような図太いようなニタの小言が、雪混じりに響いた。




