三十五話 引力
アスリヤがこの依頼を賭けと言った意味は分かった。そしてコイツがコイツなりに考えた結果、本気で賢者を探そうというのは確かなようだ。何が起こっているのか分からないと、困惑しているのも。
そんな中、俺は一つの考えに至っていた。アスリヤは勇者の失踪を異常の一つとして捉えている。だが俺にとっては違う。
一連の異常は、勇者の失踪を起点にして発生している。あの日の記憶が、アイツの言動が、そう確信させる。
考えたくない。だが考えてしまう。
――アイツは一体、何をしようとしているんだ。
「カイナさん?どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。依頼は受けても良い。だが条件はある。状況によっては賢者が見つからなくとも引き返す。場所が場所な上に持ち込める物資の問題もある。ダラダラと探し続けるのは無理だ」
「こちらもそのつもりです」
「それと一人、この依頼に連れて行きたいヤツがいる」
「? 傭兵の方ですか?」
「ああ。そいつの分の報酬も用意して貰うことになる」
「分かりました。元々、カイナさんの他に探索に向いたギフトを持っている方を一人は雇うつもりだったので。まずは貴方が推薦する方と顔を合わせてみましょう」
「決まりだな。――諸々の準備が整い次第、出発するぞ」
☆
もし仮に、その賢者とやらが事態を全て見通しているようなヤツだった場合、アスリヤがあの日の真実を聞けば、サフィを襲ったのは俺だというのが明らかになってしまう。話の途中で密かに抱いた懸念だが、仮にそうなった場合は素直に認めるしかないだろう。
……俺は今、自分でも驚くほどにそのリスクを飲み込んでいる。もちろん大金を得られるからというのもあるが。
ソイツがそこまで見通せるのなら、サフィが何を考え、何をしているのかも分かる筈。
ともすれば依頼人の信頼を失い、その場での敵対すら有り得るリスク。だがそれを聞けるのであれば構わない。そう考えている自分がいる。
――俺はもうサフィに顔を合わせたくない。だがアイツが何を考えているのかは知りたい。そう思っているのか。
散々忘れようとした。考えないようにした。アイツが何を言おうと、勇者になれなかった俺には関係ないと。だがどこまでいってもあの日の記憶はついてくる。
だからせめてもの抵抗として、真実を知ることで自分を慰めようとしているのか。
俺は……サフィに対して、どうしたいんだ?




