三十二話 予想外
「おい」
「あら」
レリアは俺を見るなり、わざとらしく驚いたような仕草を取る。昼時の酒場だってのに仕事をサボって席に座り、勝手に店のメシを食う。
相変わらずの勝手ぶりだった。俺は対面に座り、置かれた料理に手を伸ばす。
「俺がお前に何を言いたいか、分かるだろ」
「うん。一昨日だっけ。あの子、良かった?」
「良いもクソもあるか。俺の家を宿代わりに使われただけだ。朝に酒が抜けた状態で起きた後、ごちゃごちゃ叫びながら出て行ったよ」
「あっはは!抱いてあげなかったんだ。気分じゃなかった?それともあの子は気に入らない?」
「両方だよ性悪が」
けらけらと笑うレリアに悪びれた様子はなく、反省の色ももちろん無い。怒りよりも先に呆れがくる。
「どうせ面白がってやっただけなんだろ」
「んー、それもあるわね。でもアナタの為って思いもあるにはあるのよ」
「あ?」
「付きまとわれてたんでしょ?あの子に。で、あの日から今日まで、あの子はアナタの前に姿を現した?」
「……ないな」
「そりゃあそうよねえ。酔っぱらった挙句男を誘って、結局手を出されずに家から出るって。私でもその男とは顔を合わせたくないもの。恥ずかしくて死んじゃうわ」
「お前……ホントに性格悪いな」
「褒め言葉♡」
既に俺は毒気を抜かれていた。確かにここ最近はアスリヤに悩まされていない。アイツの仕事が立て込んでいて単に時間が無いだけの可能性もあるが、レリアの理屈には納得させられるだけの勢いがあった。
「まーでも、ちょっと可哀想だったかなって思わなくもないのよ。だって彼女、アナタに恋してるんだから」
「それ、質の悪い冗談か?」
「ホントよホント。あくまで私にとってアレは恋、って話だけどね。アナタも感じてたでしょ。あの子は単純な戦力としてだけじゃなく、ナニカをアナタに見出して縋ってる」
俺は言い返そうとしたが、言葉が出なかった。イバラの言葉を思い出す。俺に対するアスリヤの行動はらしくないと、アイツは言っていた。
「そのナニカ、あの子の行動を狂わせるナニカを、私は恋と呼んでいる。アナタがそれをどう捉えるかは知らないけどね」
「お前は、そのナニカとやらの見当がついてんのか?」
「さあ?人の心が読めるワケじゃないもの。それが何なのかは、あの子自身がそれを自覚して言葉に出さないと分からないでしょうね」
「……」
「興味あるの?あの子に」
「いや。そもそも俺はアイツが嫌いだ」
「嫌よ嫌よも好きの内ってね。アナタがあの子とこれからどう関わっていくのかも、それはそれで気になるわね。とはいえ、しばらくはあの子も大人しく――」
言葉はそこで途切れ、口をぽかんと開けたままレリアは俺の背後を見ている。まるで、噂の主が目の前に現れたかのように。
嫌な予感がしつつ振り向けば、それがまるでではなかったと、嫌でも思い知らされた。
「貴方は言いました。仕事をさせたいのなら、貴方のやり方でやれと」
腕を組み、堂々と。しかし気まずさは隠しきれないといった体で、アスリヤはそこにいた。
「指名依頼です。お望み通り大金を払いましょう。……貴方の力が必要です」
「あらー……これは流石に予想外かも」
驚きつつも面白そうに賑やかすレリアに対し、アスリヤの視線が厳しくなったのを眺めつつ、俺は考える。
俺はコイツが嫌いだ。だがこれはまた、一発が大きい仕事になる。美味しい依頼はいつだってあるワケじゃない。
だから稼げる時に稼いでおく。そうすればダラダラと過ごせる時間が増える。それが俺のやり方。傭兵の、やり方。
――そうだ。それが俺の、今やりたいことの筈だ。
「内容は」
「! あ、ええっとですね」
そう聞き返しただけなのにあたふたし始めたのを見て、少しその選択を後悔しそうになった。
「んんっ!……貴方に求めるのは私の護衛。向かう先はエルシャの北に広がる永雪域。――賢者に、会いに行きます」




