三十一話 歩み
エルシャ南西部に位置する渓谷。そこは険しい自然故に人の手が入らず、多くの魔物が潜んでいると噂されている危険地帯だった。
魔王復活による魔物の増加、活性化は日ごとに増している。近隣に人里は無いとはいえ、いつかは魔物が溢れ出すことを考えれば放置は出来ない。ここにも、エルシャによる魔物討伐の手勢は送られている。
そして、そんな場所に流れる一本の滝の根元が――血に染まっていた。
「なぜだ」
轟音の中、その男は呟いた。男の頭を埋め尽くしていたのは疑問だった。身体を上下に両断され、水面に浮かび終わりを待つのみの身になったとしても。
死への恐怖に震えるよりも、男は問いたかった。
「なぜ……狂った、か」
男の瞳からゆっくりと光が消え、やがて轟音だけがその場を支配する。
「……そう見えても仕方ない、か」
水面の上に立つ女――サフィは、無機質な表情でそれを見届ける。その場を汚している血は男だけではない。
「これで勇者一行はアスリヤ以外居なくなった。際立った実力者は居なくなって、各地の兵士も確実に数を減らしてる。そこにお肉をあげた魔物達が中心になって動けば……少しずつ、エルシャとその周辺の人間の数は減っていく。ギフトを持っていない人も、持っている人も」
死体と、赤。それに囲まれ、サフィは立っていた。しかしサフィの身には傷や血は無く、汗の一滴すらもその肌には浮かばない。
「――それでもエルシャは、王都は堅い。勇者一行には及ばないまでもそれなりの人はいるし、控えている兵士も大勢いる。それに王都にはエルシャ中からギフト持ちが集まってる。魔物に住んでいた場所を追われた人達も大半は王都に押し寄せるだろうし。やっぱり、必要な分の楔を抜くには王都を攻めないと。……ちょっと大変だなあ」
空を踏み、その場の光景を顧みることなくサフィは歩み始める。一つ一つ、自身の目的と過程を確かめるように呟きながら。
「ああそうだ。ここにもお肉を置いていこう。まだ魔物が残ってるだろうし。それが終わったら、仕上げだ」
自身の目的が成る時は近い。そう実感しながら女はその場を去る。後に残ったのは屍だけだった。




