二十九話 溜息
その日の夜、俺は部屋で金の計算をしていた。
テーブルの上を埋め尽くす輝きの山。ここ最近で受けた二つの依頼の結果だった。
「これだけあればしばらくは働かなくてすむ、か」
山の一部を掬い、落とす。じゃらじゃらと硬貨が崩れ動く。
――美味しい依頼を受けて大きく稼ぎ、その稼いだ分が無くなるまでは適当に過ごす。それが俺のスタイルだ。今回はたまたまそういう依頼が連続で続いたが、流石にしばらくはないだろう。
これが無くなるまで何をするか。好きなだけ寝るか、賭け事にでも使うか、たまにはムラクの外にでも行ってみるか。案が浮かんでは消える。
具体的に何がしたいのか。それが俺には無い。前回も前々回も、特に何かをするわけでもなくムラクで時間を過ごした。
今回も同じことになりそうだと思いながら、なんとなく硬貨を一枚手に取り宙へ弾く。
「表」
そう呟きながら、呟き通りの結果にするべく回転する硬貨を見ていたその時だった。外の扉からノック音がしたのは。
「……誰だ?」
それに注意を向けたことで、受け止められず床へと落ちた硬貨の鈍い音が響く。返事は無い。
俺の家を知っているヤツは何人か居るが、この時間から来るようなヤツは思い当たらない。……いや、一人居るがそいつなら今のに返事をするだろう。
俺は警戒しながら扉へと向かい、一息に扉を開ける。そこに居たのは――予想外の人間だった。
「ん……む……」
扉の前でへたり込み、呻くように微かな声を出すアスリヤ。傍らにはランタンが置かれていて、そんなアスリヤを静かに照らしている。
「……意味が分からん」
「んん……あれえ……かいなさん……?」
俺に反応し、向けたその顔は明らかに正気ではない。そしてこの強烈な匂い。コイツ、酔ってやがる。
「酔っぱらってここまで来たのかよ、お前」
「わたひ、よってなんかないれす……」
微塵も信用出来ない自己申告を聞きながら、俺はどうすべきかを考えていた。一番後腐れが無いのがコイツが使っている宿へと持っていくことだろう。
だがどの宿か分からん上に、引き渡す為にコイツの部下達と接触しようとすれば面倒な誤解をされるのは明らかだ。
このまま放っておくか。そう考えたが、俺の家の前で泥酔したまま寝られるのも落ち着かない。
「ちっ……はあ」
思わず溜息を吐きながら、意識が曖昧なアスリヤを小脇に抱え、横に置かれていたランタンを手に家の中へと戻る。
そしてもう一度……大きく、溜息を吐いた。
☆
『カイナはね、誘われたらあんまり断らないタイプなの。来る者拒まずってヤツ?だからこう、酔った勢いでがーっといけばいけるいける。それにね、誰かと裸で触れ合うって良いものよ。少しは気分が晴れるんじゃないかしら。……んー、じゃあこういう理屈はどう?もしこれが上手くいけば、勧誘だって成功するかもしれないわよ?向こうが勝手に負い目を感じてくれるかもしれないし、いっそのこと恋仲になってしまえば、無理矢理にでも兵士に出来るかも。……そうそう、アナタの好きな理屈もちゃんとある。これは貴方の目的の為でもあるの。――じゃあほら、行きましょうか。私が連れて行ってあげるから』




