二十七話 乾杯
「アナタ、アスリヤさんでしょ?最近この店に何度か来てる」
「ええ、まあ」
「みんな良く話題にしてるわ。勇者一行、ってだけで目立つのに、こんなに可愛らしいんだから当然よね」
「……」
何が可笑しいのかにこにこと笑みを浮かべ、上機嫌に話を続けるレリア。流れるように自分の対面へと腰を下ろした相手に、アスリヤは困惑していた。
「知ってる?話題になるだけじゃなくて、傭兵連中から結構人気あるのよ?アナタ」
「そうですか、喜ばしいことです。それで……私に何の用ですか?レリアさん」
「レリアって呼んで?で、そのついでに私もアスリヤって呼んでいーい?」
「質問に答えてください、レリアさん」
「アスリヤノリ悪ぅ。あ、ちょっと待ってて。お酒持ってくるから」
「あ、ちょっ」
返答を聞かず厨房へと向かい、酒と杯を手に戻って来るレリア。この時点でアスリヤはレリアが放つ雰囲気に呑まれていた。
「口を軽くするならこれよね。早速飲んじゃお」
「……私を茶化すのが目的ですか?」
「いや?最初に言った通り休憩したいってのはホント。で、ちょうど良く席が空いてて、話し相手として面白そうだなーって思ったのがアナタってワケ。あと女の子だし」
「……」
「そんな邪険にしないでよ。――話し相手が出来るって、アナタにとっても嬉しいんじゃない?悩んでるんでしょ、色々と」
「何の話ですか」
「丸わかりよ。全然楽しそうじゃないし、アナタの周りだけ空気が淀んでる感じ」
「そ、それは言い過ぎでしょう」
「お、トゲが取れてきた。いーじゃんいーじゃん、大して知らない相手だからこそ気楽に話せるってもんでしょ」
レリアの緩い声音と口調に、アスリヤは自身でも知らずの内に警戒を緩め始めていた。他者へと胸の内を吐き出す。その提案が、魅力的に思えるほどには。
「――なるほど、ね。暗い顔してたのも分かるかな。ようするにいっぱいいっぱいなのよ、今のアナタは。自覚はあるでしょ?」
「……はい」
「自分が抱えられる許容量以上の荷物を持っちゃってる。そういう時には潰れる前に整理しなきゃね。まず勇者ちゃんが居なくなったって話だけど、それ深く考える必要ある?」
「え?」
「なんで勇者ちゃんが居なくなったのか、なんで何人もの兵士が死んだのか。両方とも勇者ちゃんに直接聞けば分かる話じゃない。モチロン、どうやって探すのかを悩むのは必要だけど、そこについて今悩む必要無いでしょ。考えても無駄」
「そ、それは……そうかも、しれません」
「はい、一個荷物が減ったわね」
手を軽く振るような仕草をするレリア。自分の悩みがばっさりと切り捨てられるのに対し、実際にアスリヤは心が軽くなったような感覚を味わっていた。
「次は今朝の事件の話ね。これは単純明快。誰だってそうなるわ。怒ってるんでしょ?その子を殺されたことに。これはさっきの話と違って、アナタは犯人も動機も知ってるみたいだしね。私には話してくれなかったけど」
「……」
「で、重要なのはその気持ちを溜め込んでること。そういうのは発散しないと。その犯人の悪口でも言ってみたら?それか、直接会いに行って引っ叩くとか」
「出来ませんよ、そんなこと」
「なんで?」
「彼は然るべき罰を社会から受けるからです。私が私怨をぶつかる余地は、そこにはありません」
「アナタの部下が殺されたんだからそんな事は無いんじゃない?……まあ、無理ならしょうがないか。それに発散する方法は他にもあるし」
そう語り、レリアはアスリヤの杯に酒を注ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと!」
「んー?お酒ダメだった?」
「いえ、飲めます。飲めますが……明日からまた動かなければいけません。なのに酔いを残しては」
「そういうのがダメなのよ。というか一日くらい休んだら?そんなんじゃ、いつまでたっても重い荷物を抱えたままよ?」
「……」
注がれた水面を、アスリヤは少しの間見つめる。普段ではあり得ない逡巡。それを経て、ゆっくりと杯へと手を伸ばし、口元へと運んだ。
「おおー」
「……、貴女は正しい。今の私は、僅かでもいつもの自分を捨てるべきなのでしょう」
「全然減ってないけど」
「あまり強くないんです!ペースは私は決めます!」
「あは、そうそう。そうやって自分を甘やかさなきゃ。……やりたいようにやるのが一番よ。だから今はただ、一緒に酔いましょう」
誘うような笑みと共に掲げられる杯。良く言えば遠慮がちに、率直に言えば不慣れな様子で、アスリヤはそれに答えた。




