二十四話 やりたいように
俺がサフィと関わりがあったことを知るヤツはほぼ居ないと言って良い。だからこそ、この事件の犯人がサフィかもしれないという懸念を建前上は飲み込み、素知らぬ顔で動いていた。
「アレは……」
自然と形成されたのだろう路地の行き止まり。その一角にソイツは居た。
血に汚れた白い服。肩口程度の長さで癖毛が目立つ赤茶色の髪。そして手に握り締めたナイフ。こちらに背を向けているのが理由で顔は見えない。だが、全ての情報がコイツが俺達の目当てだと悟らせた。
「そんな、まさか……!」
顔が見えず、ある程度の距離があるからかその姿に動揺するアスリヤ。確かにぱっと見はアイツと言われても通じるかもしれない。だが違う。
アスリヤの声に反応したのか、ソイツはゆっくりと振り向く。そうして顔が見える頃には……真実が明確になっていた。
「……誰?」
極々普通な取り立てて言うことも無い顔立ちの女だ。垂れ目でもなく、目元のホクロも無い。顔を見比べれば誰でも別人だと分かるだろう。
俺はサフィの姿を知らない体で問う。
「勇者、じゃないんだな?」
「違います。一見した際の雰囲気は似ていますが、それだけ。よく見れば顔も振る舞いも何もかもが別人。あの人が勇者様な筈が無い」
「……違う。私は勇者、だ」
やけに震えた声が届く。口調も声質もアイツとは似ても似つかない。だが、これでアイツが自覚的に勇者を騙っているのが分かった。
……いや、それはどうでもいいな。俺の知ったことじゃない。
「俺が捕まえる。お前はそこで逃げ道を塞いでろ」
「……ッ!」
アスリヤをその場に残し、接近する俺を見て持っていたナイフを構える偽物。人目で分かる。大したヤツじゃない。
俺は歩調を乱し跳ねるような一歩を踏みだす。次の瞬間にはもう、ヤツの目の前だ。
「!? っ」
「意味ねえよ」
破れかぶれに振り下ろしてきたナイフを弾き飛ばし、首を掴み身体ごと後ろの壁へと押し付ける。
「がっ、は」
「死にたくなかったら抵抗すんな」
「なん、で、邪魔するんだよお……!」
「……あ?」
「みんなが俺に注目してるんだ……!どこもかしも、俺の話で持ちきりなんだ。まだまだこれからなんだよお……」
なぜコイツはこんなことをしでかしたのか。その理由なんて俺にはどうでも良い筈だった。だがその恨みの籠った視線と声音で、半ば理解させられる。
コイツは――。
「そんなことの為に……事件を起こしたんですか!?」
いつの間にかアスリヤがここまで来ていた。今まで見た事が無い、純粋な怒りと憎悪の表情。
「だ、だって、ズルいじゃないか。アンタらばっかり、アンタらばっかり、注目されて」
「そんな、そんなことで、彼が……ッ!!」
「俺だって、特別になりたかったんだよお……!」
殴り合い寸前のチンピラのように拳を固め、偽物を強く睨みつける。そんなアスリヤの姿が――この瞬間の俺には、なぜか好ましく見えた。だからこんなことを言ったんだろう。
「殴ればいい」
え、と虚を突かれたようにアスリヤは固まる。
「ムカついてんだろ。アイツが殺されたことに」
「……」
「俺が抑えといてやる。気が済むまで殴ればいい。殺すまでいかない程度なら許されるだろ。お前には」
少しの沈黙があった。アスリヤは俺と偽物に交互に視線を移した後……ゆっくりと、拳を解いていく。
「ギルドに向かいましょう。事件はもう、解決しました」
その先にあったいつも通りの毅然とした表情は、無理矢理貼り付けてるようにも見えた。
――ああ、やっぱりコイツはそうなのか。
「そうか」
俺は偽物の首から手を離すと同時に、もう片方の拳でその顔面を殴りつけた。あ、とアスリヤが呟く。硬いモノが拉げたような、慣れ親しんだ感覚と小さな悲鳴と共に、偽物は路地の側面に吹き飛んだ。
「意識があるまま運ぶのも面倒だろ」
「……そう、ですね」
無様に地面に倒れ伏した偽物に対し、アスリヤは治癒の手を伸ばそうとしなかった。沈黙した偽物を拾い上げ、呟く。
「特別なヤツなんて、俺は一人しか知らねえよ。バカが」
――胸の中が晴れたような、どうしようもない虚無がまた積もったような。それでも、やって良かったかどうかじゃない。それが正しいのか、正しくないのかも関係無い。
『カイナさんがこれと決めた生き方があるなら、それを貫くべきだと思います。自分がやりたいように』
俺はやりたいことをやれば良い。そうなんだろ、イバラ。




