二十話 仕事
朝、俺は珍しく自然と目が覚めた。目覚めの気分は良い。どうやらアスリヤもまだ来ていない。
外に出るか。珍しくそんなことを思った。朝からやってる店にでも行ってメシでも食おう。身支度を整え家を出る。街全体を包む肌寒い霧の中、まだ人気の無い道を進む。
ふと、喧噪が届いた。酒場を思い出すような幾つもの声。時間を考えれば珍しいと、俺は何気なくその出所へと向かって行く。
道の中央に厚みの無い人垣が見え、死体だ、と誰かが言った。それは疑問に対する答えで、いつもの俺であればその時点で十分に満足し、これ以上近寄ることもなく立ち去っていただろう。
何かの予感がした。だから前に進んだ。
死体は確かにあった。変色した血の跡とその側にある人間の五体。見慣れた、見飽きた光景だ。死体の顔に覚えがあるのも。
そして傍らには、道に跪き死体を見つめるアスリヤの姿があった。
ああ、だから今朝は来なかったのかと納得がいった。
──目覚めに感じていた気分の良さは、もう消えていた。
☆
普段はガキが使っているのだろう小さな広場。今は誰も居ないその場所の中心、象徴とでも言いたげな木の根元に腰を下ろす。
「……」
なぜこんな場所に来たのか、自分でも分からない。少なくともメシを食う気は失せた。
死んでいたのはエルシャの兵士、イバラ。昨日同じ席でメシを食った相手がなぜだか分からないが死んでいた。
それ自体は珍しくない。傭兵をやってれば、少し前に話してたヤツが目を離すと死んでたなんてのはザラにある。もっと言えば昨日が初対面と言っていい相手だ。驚きはしてもそれ以上のモノは無い。
ならなんで、俺はまだアイツのことについて考えている? 昨日の会話を思い出している?
──俺は何がしたいんだ?
「やあ」
少し前から感じていた気配から聞こえてきた声。その主は見覚えのある髭の男だった。そいつは葉巻を咥えながら俺の下へ近づいて来る。
「探したよ、日向ぼっこかい? 自由だね」
「何の用だ」
「前と同じさ。聞きたい事と、返答によっては頼みたい事。──今朝、通りで死体が見つかった話は聞いてるかな」
「ああ」
「やったのは君か?」
「……あ?」
「おっと、違うみたいだね」
髭の男はそのまま俺の背後、木の裏に回り、年寄りのような声と共に腰を下ろしたようだった。
「気を悪くしたならすまない。が、私らとしては君を疑わない訳にはいかないんだよ。なにせ被害者はエルシャの兵士なんだから」
「……」
「察してくれたかい? こないだの話を考えるとどうにもね。でも見た感じ、身に覚えが無さそうで安心したよ。ただ……それを抜きにしても、今回の話は君にも関係がありそうだ」
「どういう事だ」
「犯人らしき人物の目撃情報が出てる。刃物を手に赤黒く滲んだ服を着た、怪しい挙動のいかにもって人物がね。更に特徴を言えば、背丈は私よりも小さく、赤茶色の髪をした女に見えたそうだ」
「!」
「噂好きの連中はこう言ってるよ。兵士を殺したのは気が狂った勇者だってね。丁度捜索の為に勇者の外見の情報を広めてたところにコレだから、正直言って無理も無い……どころか、真面目にその線もあるんじゃないかな。タイミングも被害者も噛み合いすぎてるからね。──ともかく、私らとしては一刻も速くこの火種を片付けたい。真相はどうあれエルシャの兵士がこの国で殺されたんだからね」
淡々と語る男の声に、思い出すのはあの日のサフィの姿と言動。今になっても一つも理解出来ない、夢のような記憶。
狂ってると言われれば狂ってるように見えた。実際、あの場で兵士を殺してもいる。そんな風に俺だけが知るあの日の記憶と照らし合わせても、アイツがやったと考えるのが妥当なのかもしれない。
だがこれは違う。節々に抱く違和感、そして勘が、犯人はアイツではないと訴えているように感じる。
「そこでだ」
ここからが本題だと示すような男の声で、思考が途切れた。
「高い能力を持ち、都合の悪い秘密に対して口が堅く、他者に比べれば勇者の容貌に関する見識もある。そんな今回の捜索にピッタリの傭兵を、私らは幸運にも知っている。──君に依頼したい。この事件の犯人を捕まえてくれ」
☆
俺がアイツに何を感じていたか、その死に何を思っているのか、何がしたいのか。
──分からないのなら考えなければ良い。俺は傭兵だ。仕事をこなし、金を稼ぎ、万事を気楽にこなす。それだけで良い。それだけが良い。それが俺のやりたいことだ。
だからこれは、いつも通り金払いの良い仕事を受ける。……それだけの話なんだ。




