十九話 凶行
「おい知ってるか、今ここに勇者一行の一人が来てるんだってよ」
「知ってるよ。ちょっと前から目立ってて酒場にだって何回も来てる。知らねえのはお前みたいに遠征やらで留守にしてたヤツだけ」
「ちっ、んだよ。じゃあアレか?勇者が行方不明になったってのも」
「知ってる。赤茶色の髪で目元にホクロのある女だろ?それ噂じゃなくてマジらしいからな。その勇者一行の一人は捜索の為にここに滞在してるって話だし、ギルドの上の連中だって動いてやがる」
「マジかよ。……というか、そもそも何で勇者が居なくなるなんて話が起きてんだ?」
「ここら辺に仕事で来る途中で居なくなったって話だぜ。で、帯同してた兵士は勇者が乗ってた馬車の周りで大半が死んでたらしい。――勇者は突然兵士を殺してどっかに逃げた、ってのが最新の噂話だ。イカレちまったとか兵士に恨みがあったとか、暇人中心に面白がって注目してやがる」
「はっ、それがホントならこの世は終わったも同然じゃねえか。誰が魔王を倒してくれんだよ。……ん」
「どうした?」
「いや、誰かに見られてる気がしてよ」
「お前のツラに見惚れるヤツなんて居ねえっつの」
☆
うん、これにしよう。これでまた、みんなが俺を見てくれる。
☆
「うー、寒っ。早く帰って寝なきゃ」
闇夜の中、周囲を小さく照らすランタンを片手にイバラは小走りで道を進んでいた。
同じような境遇の通行人はまばらであり、どこからともなく届いた獣の遠吠えが微かに響く。
「夜は自由時間とはいえ明日に響いたりしたらマズイよなあ。いやでも、アスリヤ様の為にもあの人と話すのは必要だったんだし、それに――楽しかった」
酒気をまといつつも確かな足取り、若干の興奮はあるものの正常な思考。酒の影響は軽微であり、イバラという人間はいつも通りだった。
ふと、その足が止まる。
「っと!……どうしました?何かお困りですか?」
明りによって広がった視界の前方に、立ち塞ぐような人影があった。俯きながらふらふらと動くその人影を、服装や髪からイバラは女であると判断した。
時間、挙動、性別。それらから目の前の人物は普通ではない状況に居ると導き出し、ごく自然に……いつも通りに。
兵士として、人間として。柔らかな笑みと共に手を差し出そうとする。そして、遅れて認識する。
明りによって照らされた女の髪の色に、その髪質に。誰かを想起するその姿に。
「……勇者、さ――っ!?」
鮮血が散る。視界から女が消え、致命的な熱さが首を襲う。イバラに認識出来たのはそれまでだった。
主を失ったランタンが地を跳ね、見当違いの場所を照らす。
静かな夜だった。




