十七話 面倒事
「勇者様の失踪、そして先程の謎の魔物と肉塊。……何か嫌な予感がするんです。それを考慮しないとしても、今こうしてる間にも各地で魔物が増え続けている。だからこそ人手が、備えが、確かな戦力が欲しいんです。誰でも良いという訳ではありません。実力だけを見て即戦力を増やした結果、統率が乱れては組織としての動きが悪くなりますから。ですがそれを踏まえても……貴方の力は、魅力的に映りました」
「おいおい引き抜きかよ……しかもこんな堂々と」
アスリヤの長台詞にランドの呆れたような感心したような声が続く。周囲の聞き耳を立てていた奴らも明らかにざわついている。
俺はこの国のギルドに所属する身だ。そんな相手にコイツは組織から組織、国から国への引き抜きを持ちかけている。今、こんな場所で。
「ギルドの規則の中に貴方達傭兵の自由意志を縛るモノは無い筈です」
「まあ、仮にこの瞬間抜けると言ったって特にお咎めがある訳でもないさ。ギルドは去る者は追わない主義だからな。だがそりゃあそこらの傭兵だった場合の話だ。カイナには当てはまらん。意地でもギルドは引き留めるだろうぜ」
「それでも、本人の意思が固ければギルドは容認せざるを得ないでしょう。だから私はカイナさん本人に問うています。私と共に戦ってくれないかと」
直前の俺の考えを否定するように、アスリヤはそう強調する。
個人と個人の話し合い。少なくともコイツはそのつもりらしいが……だからといって俺が応じてやる義理はない。
そもそも俺はコイツとなるべく関わり合いたくないんだ。答えは決まってる。
「断る」
「何故ですか? 給与や待遇に関しては出来る限り希望に沿うつもりですが」
退く気を見せない返答。面倒、という言葉が頭に浮かぶ。
「傭兵としての暮らしが性に合ってるからだ」
「なるほど。具体的にどのようにここで暮らしているかを教えていただけませんか?」
「……なるべく割の良い依頼をこなして、その報酬が無くなるまで適当に暮らす。アンタの依頼のような指名依頼は別だがな」
「それは……あまり健全とは言えませんね」
「アンタから見て俺が健全かどうかなんてどうでもいい話だ。──ともかく俺がその誘いに乗ることは無い。アンタら兵士が真っ当に固められた規則の中で暮らしてることくらいは想像が付く。その時点で俺には合わない。適当に、思うままに暮らすのが俺の流儀だ」
「本当にそうですか?」
何かが含まれた問いかけだった。
「私には貴方が……何かを抱えているように見えるのです。やりきれない思い、いつまでも飲み干せない感情……そんな何かがあるんじゃないですか? だから貴方は自分を乱雑に扱うのではないですか? もうどうでも良いと」
それまでと違いどこか感情の籠った声音、抽象的な内容。このテの話をしてくるヤツはたまに居る。
何もかもを見抜いたように振る舞いこちらの懐を狙う詐欺師、もしくは都合良く勘違いした女。
経験上から言えばコイツも後者だ。だが妙に符合しない。その証拠にコイツの一言一言に対して俺は──苛立ちを覚えていた。
一方的な感情の籠った双眼。俺はそれから目を離した。
「人生相談が必要だとは思っていない。他のヤツ相手にでもやってやれ。ここの連中なら真っ当なアンタな言葉にいたく感銘を受けるだろうからな。ランド、奢りはまた今度だ。忘れるなよ」
「あ? おお」
そう言って席を立つ。酒場はここ以外にもある。今日はもう、誰とも話さず適当にモノを腹に詰めて眠りたい。そういう気分だった。
「依頼なら内容次第、条件次第で受けてやらんこともない。人手が欲しいなら相応の金を用意して、傭兵のやり方でやれ」
「私は諦めませんよ。しばらくはここを拠点に活動しますから、折を見て伺わせてもらいます」
はた迷惑なアスリヤの宣言。うんざりとするようなことを言いながら、きっとあの女は今も俺の背を見ている。
「私は貴方を必要としていますが、貴方だって必要にしている筈です。規則で己を律した上で、悪しき外敵を退け民を守る……そんな善い生き方が。そこで得られる充足の中にこそきっと、納得がある筈なのです。貴方にとっても……私にとっても」
☆
途中から言葉を挟まず二人の会話を聞いていたランドは酒を煽りつつ、いかにも他人事という風に小さく呟いた。
「一目惚れっちゅーのも案外当たってたのか……?」
☆
あの依頼が終わって以降、アスリヤは宣言通り俺に付きまとい始めた。家に酒場に賭場に、押しかけては勧誘し遭遇しては真っ当な生き方とやらを説いてくる。
ギルドの連中と協力して勇者の捜索を続けているらしいが、その合間を縫ってまでやることがコレだ。
何らかの理由から俺が勇者の失踪に関わっていると再度アタリを付けたが故の情報収集、監視なのかとも思ったが、それにしてはやり方が回りくどい。
──アイツは俺を本気で戦力として欲している。その上で何故か俺の生き方にケチを付けてくる。
前半はともかく後半は意味が分からん。距離を取ろうにもヤツはムラクに常駐してる上、特に割の良い依頼も指名依頼も無い。
向こうは俺のちょっかいに注力してるワケではないし、適当に受け流せばいいだけではあるがそろそろ本格的に面倒になってきた。そんな時だった。
「あ、あのっ」
「……何だ?」
日も既に落ちきった夜。酒場前の明りに照らされた道の上でそいつは声をかけてきた。
俺と歳はそう変わらないだろう茶髪の優男。これといって見覚えが無いが、気持ちの良い理由で話しかけてきたとは思えない表情だった
「俺を覚えていますか」
「いや」
「ですよね……俺はイバラ。エルシャの兵士です。今はアスリヤ様に側に居ます」
「……ああ」
こうして言われてみれば見覚えがあった。ムラクに滞在しているアスリヤが付き従えている何人かの兵士。その中にこんなヤツが居た気がする。
「アスリヤ様のことで貴方と話がしたいんです。俺に付き合ってくれませんか」
一度断った程度では退かない。そう言いたげな、アスリヤを思い出させるような声音。
これも、アスリヤが引き起こした面倒事だ。本当に勘弁してほしい。そう思いはすれど、コイツから何か解決の糸口が見えるかもしれない。
そんな感じでこの接触を前向きに捉えるよう努めたが、それはそれとしてただで話に付き合ってやるのは癪だった。俺は目の前の酒場を指し示す。
「奢れ。それが条件だ」




