十六話 勧誘
「お……見てみろ」
ランドが何かを見つけたのか向こうを見ろと促してくる。従った先は酒場とギルドの境目、出入口の方だった。
そこに居たのは見覚えのある恰好と顔……さっきまでのアスリヤだった。背後に兵士らしい三人を引き連れたアスリヤは、酒場内の盛況さに驚いているようだった。
「そういやあの嬢ちゃん、ムラクに来てたんだったな。急ぎの依頼だったようだし報酬関連の後処理か?」
興味があるのか無いのか曖昧な口ぶりで呟くランド。その内、依頼に参加していた傭兵がそれに気づき、気分良さげに絡みにいく。他の客もそれに追随し酒場内の注目が集まっているようだった。
――アイツは依頼人だが、自らも戦場に立ち多大な活躍をしている。だから傭兵共から受け入れられるのだろう。
面食らった表情だが、特に迷惑そうにはしていない。賞賛を受け入れ茶化しには毅然と返し、背筋の伸びた姿勢で依頼に参加した傭兵達へと再度礼を述べる。
そんな様子をぼんやりと眺めていると、ふとアスリヤの視線がこちらへ向いた。ついでや偶然ではなく、何かしらの意図を匂わせる目が。
「こんばんは」
「おお、さっきぶりだな」
「ご一緒しても?」
「俺は良いが……お前は?」
「……勝手にしてくれ」
「ありがとうございます。貴方たちは自由に食事を」
背後の三人を別の席へ向かわせ、アスリヤは俺達の席へつく。
「ムラクはどうだ?エルシャに比べれば田舎も同然だとは思うが」
「そんなことありませんよ。確かに規模では劣るとは思いますが、人々の活気は負けていません。空気感の違いにはまだ慣れませんが」
「そうかい。で、アンタなんでここに来たんだ?休暇や観光ってわけじゃないんだろう?」
「……私達がここに来た理由は主に三つです。一つ目は先の依頼の報酬について、ギルドの方と話し合う必要がありました。突貫で依頼をしたせいで細かな点が後回しになっていたので」
「ほれ見ろ」
得意げにランドがおどけ、不可解そうにしながらアスリヤは話を続ける。
「二つ目は勇者様の捜索。勇者様が消息を絶ったのはこの近辺です。なら、ひとまずここを拠点に情報収集をした方がいいと判断しました。勇者様が何らかの理由でここに居る可能性もゼロではないので」
「あーそういやそんな話してたな。じゃそれが本命か。一大事だもんなあ」
「……その割には、楽観的な様子ですね。先程とは随分と違います」
「今は仕事中じゃねえし、アンタはもう雇用主じゃねえからな。正直言って傭兵はそちらさんほど勇者サマ勇者サマって感じじゃねえのよ。こうして魔物が溢れてる間は仕事がひっきりなしに飛んでくるからな」
「――それは、勇者様の失踪はむしろ好都合だと?」
アスリヤの声音に剣呑さが混じる。二人を注目している周囲の連中の空気も変わる。面倒なことになりそうだと思い席を立とうか迷ったが、その必要はなかった。
「そこまでは言ってねえよ。いくら仕事が増えたって世界が終わっちゃどうしようもないだろ。それにこれ以上魔物の増加が加速しても、俺達にとって大したメリットになるとは思えん」
「……」
「とはいえ、そういう考えの人間も中には居るんじゃねーかって話よ。特にここみたいな国じゃあな」
「忠告、ということですか?私が勇者様の失踪をこの国に周知させようと考えていたことに対する」
「そうそう。おっさんのお節介だよ。だから怒るのは止めてくれ。酔いが覚めちまう」
「……であれば良いです。あと、怒ってません」
飄々とした様子のランドにアスリヤは毒気を抜かれているようだった。そしてどうやら、あの依頼の話は既に漏れている。
上の連中は表立たないように依頼人を始末したんだろうが、事が事だけに戸を立てるのにも限界があったんだろう。
問題はその依頼に俺が関わっていたということまで漏れているかどうかだが……あっても噂程度、そう思っておけばいい。余計な考え事はしたくない。
それに、あの日の出来事は一日でも早く忘れたかった。
「忠告には感謝します。それでも話は広めるつもり、というより既にギルドの協力を取り付けています」
「……報酬の事後処理のついでにか」
「はい。明日から国内への周知と捜索に協力してくれると。――ランドさん、貴方の言うような人間は確かに居るのかもしれません。しかし、純粋に世界と人々を憂う人間はそれ以上に多く、そのような考えを持つ人間も本気でそう思っているとは限らない。その結果がこの迅速な協力体制だと、私は思います」
「……若ぇなあ」
思わず漏れ出たようなそれは、俺にしか聞こえなかったようだった。
――あの日の出来事は一日でも早く忘れたい。だからこそ、関係者そのものであるアスリヤとはなるべく関わりたくなかった。
……いや、それだけじゃないな。俺はコイツが気に食わないんだ。
人間の善性を信じ、規範を尊び、誰かの為に身を粉にする。僅かな時間でも分かったそういう真面目さが、なんとなく。
二人の会話を聞く中、アスリヤに対する自身の印象をそう結論付けた頃だった。
「では、三つ目です。そもそもこうして貴方達に……いえ、貴方にこちらの事情を話したのは三つ目の目的があったからです」
ランドとの会話に終始していたアスリヤがこちらに向く。逸らすことも揺らぐこともない強い眼が。
嫌な予感がした。
「カイナさん、貴方の実力を見込んでの話です。私と共に多くの人々を魔物から、魔王から守る為にエルシャに来てくれませんか?」




