十五話 嫌な予感
なんで。
なんでみんな俺の事を見てくれないんだ。
最初はみんなしてちやほやしてくれる。でも最後には決まって興味を失くすんだ。しょうもないヤツだなって目で俺を見るんだ。
違う、違うんだ。
――俺は特別なんだ!!!
☆
いつからだろうか。睡眠が安息じゃなくなったのは。
身体の疲労、精神の疲労。一日の疲れを抱いて、眠る。その心地よさがどこかを契機に薄まっていったように思える。
だがその日の睡眠には珍しくそれが無かった。微かに満足感のある疲労の中で目を瞑った。次に目を開ける時はそれなりに気分の良い目覚めを迎えられるだろうと思っていた。
……思っていたんだが。
「おはようございます」
「……何の用だ」
まだ日も出きってない早朝に、強制的に俺を叩き起こしたのは玄関から響くノック音。
押し売りか何かかと覚醒しきっていない頭で扉を開ければ、そこには昨日のアスリヤが居た。
「健全な精神は規則正しい生活によって得られます。さあ、顔を洗い歯を磨き服を着替えて外に出ましょう。そしてムラクの人々の暮らしに目を向けるんです。そうすればきっと貴方にも守護の精神が――」
扉を閉め鍵をかけ、俺は頭を掻きながら寝床へと向かう。背から聞こえる音量の上がった生真面目そうな声を遠ざける。
どうしてこうなったのか。その反芻がどこまでも二度寝を阻害していた。
☆
大勢が決し、ひとまず俺達が勝利したと言えるようになった後も依頼はつつがなく完了した。
当初の予定通り町の防衛にある程度の人手を割き、残る人員で散開した残党を狩る。あの小鬼が特別なだけで残ったヤツらに大した知能は無く、こっちはこういうことに慣れ切った実力者の集団だ。日が落ちる前には掃討が完了した。
この時点で俺達は依頼を果たしたことになり、その後の各々の行動は自由だが……俺の見た限りでは全員がムラクへの帰還を選んだ。
さっさと本拠地に帰りたいからというのもあるだろうが、大半の本命は依頼後の熱を冷まさないままの恒例行事が目当てなんだろう。
「っっかああああ!昼間っから飲む酒も良いモンだが、やっぱデカい仕事を終えた後の酒には敵わねえな!」
見覚えのある傭兵の一人が豪快にジョッキを飲み干し、上機嫌そうな顔で談笑している。その周囲も同じようなヤツらばかりだ。
あの依頼に参加した面々も居れば、話を聞きつけてきた関係の無い他の傭兵どももワラワラ居る。報酬のおこぼれ狙い、聞きたがり、騒ぎ好き……ともかく夜の酒場とはいえ、今日の賑わいはいつものそれとは比較にならない。
「それでさ、依頼主がパニくってる中でカイナの野郎がいきなり――お、本人居るじゃねーか!こっち来て喋ってくれよ!」
話したがりの呼び声に対しひらひらと手を振り、俺は目的のテーブルへと見つけ座った。
「珍しく来てるじゃねえか。功労者」
にやりと歪む無精髭……ランドを正面に俺はジョッキを軽く傾ける。微かな風味の後に冷たい感触が喉を通った。
「やっぱアレか、お前もあんだけ暴れりゃあ騒ぎたくもなるってか」
「奢りだからな」
「あん?」
「お前が奢るっつったんだろ」
「……あぁ、うん、言ったな。でもよぉ、俺もそうだがお前もデカい報酬貰ってんだぜ?んなこと言わずパーッと――」
「奢れよ」
「はい」
項垂れるランドを尻目に店員を呼ぼうとするが、今は手一杯らしい。仕方なく椅子の背もたれに寄り掛かり、何となく酒場の光景を眺める。
目に映るヤツらは皆、笑っていた。俺には出来る気がしない表情。
充足感はある。そこそこの達成感も。だがそれだけだ。
結局の所、いつだって俺の頭の中には晴れない靄がある。




