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十四話 不穏

 これほどのモノか。アスリヤは思わず足を止める。


 先程より間近で淀みなく繰り出される非人間的な連撃。武と野生を織り交ぜたようなそれは、実戦の過程で成立したと感じさせる動きだった。


(これが……ムラク最強の傭兵)


 アスリヤはムラクの全てを知る訳ではない。だがランドの言葉が、立ち振る舞いから我の強さが滲み出ているような傭兵達の一目置いた視線が、アスリヤにそう思わせた。


 そして、次にアスリヤが抱いたのはその力に対する畏怖や賞賛ではなかった。


 胸の刺し傷を諸共せず動き続ける肉体。勢いが落ちるどころか加速していく手足。勇猛か狂乱か。背後の兵と傭兵はそう形容するだろう。


 しかし、アスリヤの位置から体勢の変化により微かに見えた釣り上がった口角が。アスリヤにとってはただ戦闘の興奮や嗜虐心により生じたモノであると思えず。


 どこか歪に映っていた。





 ☆




「……終わりか」


 身体の動きを止める。ヤツを支えていた透明な壁が消え、確かな重みを持って目の前の肉体が地面に倒れ伏す。軽く蹴飛ばすがピクリとも動かない。何度も見てきた死がそこにあった。


「今回は、真面目にやりすぎたな……」


 遠くなっていた胸の痛みが徐々に増していく。それだけこの戦いにのめり込んでいたということだろう。


 依頼主が死んだら依頼料はどうなるんだよって思いは本当だ。俺じゃなければコイツを仕留め切るのは難しかったというのも確かな実感だった。それでもいつもの俺なら、他のヤツが何とかするだろって適当に流していたようにも思える。


 ……最初に暴れただけじゃ足りなかったかったんだろう。胸の内にあるどうしようもない取っ掛かりから目を背けるには。だからより死に近い、忘我の戦いを歓迎した。


 そこまで考えて俺は思考を打ち切った。これ以上、考えても無駄だ。


 万事適当に。それが俺の生き方な筈だ。


「大丈夫ですかっ」


 声の方を見ればアスリヤがこちらに駆け寄って来ていた。その両手にはギフトの発動を示す光が既に漏れている。


「俺に構っていていいのか」


「魔物達の勢いが完全に止まって散り散りになり始めました。この間に態勢を整え直した後、それぞれに追撃し確実に潰していきます」


「町の防衛は? 散り散りになったなら町に行っちまうヤツも出て来るだろ」


「既に人員を回しています。元より予定外の急襲さえ無ければ防衛が出来る余裕はありましたから。それより、あまり喋らないでください」


 そう言い付けながら俺の胸元へと手を伸ばしてくる。十秒ほどが経つと傷の感覚と痛みはほぼ消えていた。


「この傷のままあんな動きをするなんて……もっと自分の身体を労わるべきです」


「あの程度じゃ死なないのは俺が一番知ってる。それに俺が相手しなきゃマズい相手だったのは、アンタだって分かるだろ」


「……」


「アンタのギフトをアテにしてたってのもある。それが無けりゃ退いてたかもな。そんだけの話だ」


「それは……いえ、そうですね。貴方が居なければ私は危なかった。それに最初の貴方の突撃が無ければ戦いの流れも変わっていたでしょう。──ありがとうございました」


 これまでと同じようにアスリヤは素直に相手の話を飲み込み、実直さを感じさせる微笑みと真っすぐな視線と共に感謝を送る。対して俺は曖昧な返事と共に目を逸らした。


 ──そして、逸らした先で奇妙な光景を見る。


「しかし、それとこれとは話が別です。いくら貴方の身体が頑丈で私のギフトがあったとはいえ、自らを蔑ろにするのは──」


「おい、見ろ」


「? 何を……え?」


 視線の先にあるのはヤツの死体があった場所。さっきまで確かな肉が転がっていた場所。だが今は、さっきまでそこに肉体があったことを示す状態で地面に落ちた変装用の装備だけがあった。


「死体が、消えた?」


 アスリヤの呟きに対し、俺は無言でそこに近寄りゴチャゴチャした装備類を蹴飛ばす。慌てながらも静止を求める声を背景に、俺は装備類に隠れていたそれを見つけ出す。


 それは《《肉塊》》だった。拳ほどの大きさで、紫とも黒とも取れるような色を密かに波立たせている。


「これは一体……」


「さあな。だがこれでヤツの異常性に説明がつく」


「!」


「人間並みの知能、俺とタメを張れるほどの膂力、そして普通なら残る筈の消えた死体。順当に考えればこれが原因じゃないのか」


「……」


 考え込んでいるのか無言のアスリヤ。生きているぞと言わんばかりにピクつく肉塊はいかにもといった見た目で、見ているだけでさっきまではまだマシだった気が滅入ってくるようで。


 ──そのままアイツとあの夜の出来事を思い返してしまいそうで、俺は再び目を逸らした。





 ☆




「なぜ……なぜだっ!」


 白髪の偉丈夫──王都軍において一、ニを争う実力者と謳われ、満場一致で勇者一行へと選ばれた男であるマクーレは狼狽していた。


 魔王討伐前に行われたエルシャ各地の魔物への対応。今回もその一環だった。


 小規模な村の付近に現れた魔物の集団を迅速に片づけたマクーレと付き添いの兵達は、村の者達からささやかな歓待を受け明日以降に備える為に休息していた。


 異変に気づいたのは深夜だった。寝床の中で首筋に走る悪寒。他の兵士達を叩き起こし、宿を飛び出したマクーレが目の当たりにしたのは燃え盛る家々と逃げ惑う人々。


 魔物か、盗賊か、配置していた見張りどうなった。咄嗟の思考に止まった足。しかし、本能がマクーレを突き動かした。


「えっ?」


「は?」


 その場から飛ぶ寸前、自らの背後に控えていた兵士達の首が間の抜けた声と共にシルエットからずり落ちる光景。宿の屋根上に着地し、自分達を背後から奇襲した人物を次いで捉える。


 闇夜に溶けながらも微かに届く火災の光に照らされたその姿に、マクーレは確かな覚えがあった。


「なぜ……なぜだっ! なぜ貴女が──勇者よ!」


 勇者……サフィは物言わずマクーレに目線を合わせる。その仕草、立ち振る舞いに本能的な身の危険を感じ取ったマクーレは、自らの立場としてすべき確認や様々な論理を通り越しギフトを解放しようとする。


「……うっ! ああっ!」


 しかし、突如サフィが呻き声を上げ地面に蹲ったことでその手を止める。


 操られている? 狂乱している? 本意ではない? なぜここに居る? この騒動の主犯なのか? 優先される疑問と理性。その瞬間、マクーレは本能による危機感を二の次にした、してしまった。


 ──蹲るような姿勢だったサフィが、自らが立つ場所へと飛び跳ねるように動き出した。


「っ、【七つの──】」


「ごめんね」


 熱の籠っていないその謝罪が、マクーレの聞いた最後の言葉になった。傾き、逆さへと移行していく視界の中、何も分からないまま死ぬ無念を嘆きながら、マクーレの意識は途絶えた。


「性格的にもギフト的にも、マクーレさんと真正面から戦うのは避けたかったんだ。万が一があるからさ。……演技、通じて良かったな。ちょっと恥ずかしかったけど」


 頭の欠けた死体を尻目に、サフィは屋根上から特に感傷も無く煌々と燃える村を見つめていた。


「後はあの人と……アスリヤはほっといて良いかな。あの子じゃ私には万が一すら無い。それから王都軍の兵士は積極的に殺して、お肉もちょくちょく撒いていかないとだし……頑張らないと」


 炎を背に、再びサフィは暗闇の中へと消えていく。


「だからちょっとだけ待っててね、カイくん。カイくんは許せなかった筈なのに、まだ私はこうして生きている。だから成し遂げないといけない。正しい形に。……あの日だけで、幾らでも頑張れるから」


 揺らがぬ決意と想いを、そこに居ない誰かに捧げながら。

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