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十一話 火花

「【光壁】!」


 戦闘開始から何度目かの光の壁が展開され、魔物達を押し留める。


「ん、む、ぎぎぎ……!」


「アスリヤ様!」


「問題、ありません! 集中を! ──今!」


 そして消失と共に無数の攻撃が飛来し、広範囲の魔物が焼かれ押し潰されていく。


 ──【光壁】は規模を拡大するごとに持続時間が低下するが、どれほど拡大しようと強度は不変である。更にその強度は不壊と称えられるほどに強固であり、勇者でさえも破壊は困難だった。


 しかし、壁が受けた衝撃の幾分かは使用者であるアスリヤへと反映され、仮に衝撃によりギフトの発動が乱れれば発動中の【光壁】は消失する。


 強力なギフトではあるが弱点もある。アスリヤはその点に向き合い、ついにはこの魔物の大群に対する戦術を確立させた。


 暴れ狂う魔物達が腹いせに壁へと叩き込む衝撃への対応策。それは──慣れと気合、である。


「この程度ならいつもの訓練の方が重く、苦しい! 私の【光壁】は乱れません!」


「おおおっ!」


 兵士達が鼓舞に呼応する。絶対的な強度を誇る【光壁】の存在は如実に士気へと影響していた。


 しかし、彼らが彼女へと向ける信頼の理由はそれだけではなかった。


「負傷者がそっちに行った! 腹をやられてる!」


「! 今向かいます! 皆さんは警戒を!」


 右翼側から腹を抑え、中央へ向かおうとする途中で倒れ込んだ傭兵の負傷者。それを確認すると同時にアスリヤは即座に駆け寄り、手を傷へと添えた。


「【顕快】」


「ぐっ、……お、おおっ。すげえっ」


 数秒の光の後、切り裂かれた服と血の跡を残し、傭兵の傷は消えていた。


「……これで大丈夫です。どうか、もう一度」


「分かってらぁ! 治るってことは戦い放題じゃねえか! ありがとよ!」


「アスリヤ様!」


「終わりました! 【光壁】の隙間時間も! もう一度やります!」


【顕快】。自他共に治癒可能な【治癒】系ギフト。これもまた、アスリヤの日々の研鑽により制約や条件こそあれど、大抵の傷を数秒で治癒させる効果を発揮していた。


【光壁】と【顕快】。若くして二つの強力なギフトを共に鍛え上げ、自在に操る。これこそがアスリヤが勇者一行に選ばれた理由であり。


「私がここに居る限り、誰も死なせない。民も、共に戦う者達も。……皆さん! ここが踏ん張りどころです!」


 共闘する者の戦意を否応なく掻き立てる、守護の御旗たる精神の源である。


(──魔物の勢いが衰えてきた。未だ攻めあぐね、同胞の数が徒に削られているのが原因でしょう。対してこちらの士気は高い)


 突撃してくる魔物の数と速度の変化をアスリヤは肌で感じていた。人間への敵意を剥き出しにし、本能のままに動くのが魔物とはいえ状況に左右されないわけではない。


(【光壁】を掻い潜って来た魔物を直に対処しているからか、両翼が徐々に突出し始めているのが気になりますが──いや、今なら前線を押し上げられる。両翼に合わせる形で私達も前進する)


 思考の末に導き出した次の動き。アスリヤは中央の兵士に指示を飛ばしながら、再度の【光壁】を展開する。


「アスリヤ様! 前に出すぎです!」


「せめて我々の後ろに! 貴女は我々の要なのですから!」


 発した前進の指示、そして【光壁】を保つ為の自己への奮起。それが思わず勇み足となり、周囲との足並みを乱していたことを指摘され歩調を落とす。これまで集団に囲われる形だったアスリヤは、この戦いで初めて味方の背中が一並びに見える最後方に立った。


 まだまだ未熟な身なれど、周囲は自分を支え戦意に応えてくれる。それもまたギフト発動の薪となる。


 ──趨勢は最早決まっている。こちらの戦術はこれ以上無く機能し、ギフトの手が回らない軽傷者こそあれど、死者はまだ出ていない。


 しかし、アスリヤの胸中に慢心は無い。むしろ……。


(こちらが押している。それは確か。優勢時にリスクを過大視するのはかえって勢いを落としかねない。なのに……やはり引っかかる)


【光壁】の解除と範囲攻撃。その光景を見ながらアスリヤは思考を巡らす。


(確かに感じた指揮や指示の臭い。それが錯覚でないとするなら、この力任せな突撃にも何か意味がある? だとすれば……)


 開戦時の急襲と、それまでの動きのギャップ。状況の対応へと意識を割く為に意図的に排除していた違和感が、ある程度の余裕が生まれた今になって再浮上する。


(……いや、有り得ない。それにここで私が疑念に駆られれば士気に影響する。このまま──)


 アスリヤが怖気のようなものを感じ取ったのは、直前に懐疑的な自己問答を行っていたからだろう。


 傭兵達が陣取っている戦線の両端。その左翼側に立つ人影が、腹を片手を当ててこちらに向かっている。


 負傷者か。そう思い反射的に駆け出そうとした足が止まる。


 人影はいかにも傭兵といった風貌だった。汚れが目立つ外套を纏い、兜や胸当てのような使い込んだ独自の防具を着込んでいる。


 目に付いたのは手に持つ武器。丈夫な枝をそのまま使ったような歪さのある杖と、先端の装飾に混じるように括り付けられた短剣。


 周囲が目の前の敵に意識を向ける中、足を引きずるような歩調だったその傭兵は、一定の間合いに辿り着いた後、爆ぜるように一歩を踏み出した。


(──傭兵じゃない)


 体躯も外見も人間そのものであったソレが、下に向けていた顔を見せたことで理解させられる。


 人間に似てこそいるが根本的に異なる形相。それを引き立たせる緑の肌。醜悪な笑み。


 そこに居たのは紛れもなく、魔物だった。


(狙いは、アスリヤ()


 瞬間、急激に詰まる間合いの中でアスリヤの頭の中にあったのは目の前の存在に対する数々の疑問ではなく、直前の思考が導いた答えだった。


 【光壁】はつい先ほどに使用した。完全に虚を突かれ回避は出来ない。反射的に腰に差した剣に手を伸ばす。それが間に合わないと感じながら。


 ──企みを持つ魔物が存在したとすれば、狙いはアスリヤ。その答えに既に達していた者が居た。アスリヤとソレの間合いに火花が散る。


「っ、貴方は!」


「依頼人が死ぬのはダメだろ。誰が金払うんだよ」

 

 単騎の突撃から帰還したカイナが、その身と鋼を以って迫る刃を受け止めていた。

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