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浮田幸吉の翼  作者: のんぴ
第七章 かもしかを見た
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第七章② 緊急事態

 歩は緊急事態とわたしに告げた。

「どうしたのよ、何事よ」

 わたしと和さんのお食事の約束に割って入るほどの事態とは何なのか。


「由里ちゃんの乗った電車が」

 寒気が走った。背中とおなかに大きな蛇がすり抜けたようだった。


「まさか」


「ううん、事故じゃないけど。大雪と風で立ち往生しちゃった。岩手との県境で動けなくなって、いつ復旧するか見当がつかないって」


 自分の腕時計で確認する。午後七時。


「歩、どうしてわかったの?」

「わたしのPHSに由里ちゃんがかけてきた。電車の乗客が持っていた電話を貸してもらって、そこから知り合いに掛けまくって、わたしとやっと連絡がついたってわけ」


 そういうことか。おそらくわたしのアパートの電話にも留守番メッセージが入っているだろう。


「どうしよう和さん」

「学校に状況を説明するのが最初だろう。たぶんやっているだろうけど、特例措置が出るかどうかは難しいな。電車がどうしても無理なら、車しかない。でもいま高速道路は雪で全部通行止めになっている。一般道も大混雑だ」


「由里ちゃんのお父さんは出張で青森だと言っていた、だから迎えに行くのは無理だわ」

 

 わたしは空を埋めつくす雪の粒を見上げて途方に暮れた。荒れるとは聞いていたが、こんなときに今年一番の大雪になることはないのに。


 どうしてこんな不運が。あの子がいったい何をしたというのか。今頃彼女はどんなに不安な思いでいることだろう。


 ああ、こんなとき。


 いい車に乗っている友達でもいれば、助けてもらえるのに。


「歩」

 わたしは彼女に向き直った。


「このこと高木くんには?」

「電話したけど、そのときはアパートにいなかった」


「浮かれて一人でドライブしているのかな、こんな天気なのに。PHSに番号入っているよね。もう一度かけてみてくれる?」


「あ、納車って今日か」

 歩はそういいながら、赤いPHSを取り出した。


 わたしはすがる思いで、PHSを耳に当てる歩を見つめていた。


 それから二十分後。


 道路の雪が、どんなに車に掻き分けられても構わずに積もるようになってきた。もうバイクで走るには厳しい積雪量。


 デパートのネオンは、はるかかなたの星雲のようにわずかに見て取れるだけだ。車の流れも鈍い。


 信号が青に変わり、まちかねたように先頭のタクシーが右折したとき、その影から真っ白い車が姿を現した。


「あれだ」

 和さんが言った。


 高木くんのシビック・タイプRは低いマフラーの音を響かせながら、わたしたちの前に止まった。


 何度も話を聞かされた小柄なその姿。初めて見た気がしない。


「シート、赤っ」

 歩が素っ頓狂な声をあげる。


 日本の職人が、その繊細な技術をもってF1の舞台で世界の名門と戦うレーシングスピリットの象徴であるタイプRは、白いボディに赤いエンブレム、赤いシートという日の丸を模したデザインなのだ。と高木くんが以前語っていた。


 車のお尻の部分の丸みが愛嬌を感じさせる。それでいて全身からは、飛びかかる寸前の豹のような鋭さを感じさせる車だ。


 車内の高木くんはニット帽に、青いダウンジャケットを着ていた。ハンドルにもたれるようにポーズをとって、わたしに無言で流し目を送っている。


 格好つけているのだ。


 急いでるというのに。しかし今日は彼のハレの日なのだ。五秒だけ我慢しよう。五秒我慢したら殴ろう。


「待たせた」

 高木くんは助手席側の窓を開けて言った。


 歩がはやしたてた。

「なんだか生まれ変わったみたいに見えるよ。高木くん」


「サンキュ。そんでまだ電車は止まりっぱなし?」

「風が強くなる一方なのよ。いま由里ちゃんが連絡してきた番号にかけてみたけど、つながらなかった」


「明日の試験は何時からなの」

「午前八時四十分までに受付」


 高木くんがまたハンドルに持たれて考え込む。今度は気取ってない。


「行くか」


「連れて行ってくれる? 高木くん」


「ここで心配してても始まらない。行ったころには何らかの解決をしているかもしれないけど」


「俺も行く。ドライバーの替えがいたほうがいいだろ」

 和さんが申し出たが、高木くんは首を横に振った。


「大丈夫だよ和さん。それよりも、残って情報を集めてくれると助かる。この車ラジオの感度は凄く悪いんですよ」

「分かった、俺は残る。道路状況に変化があったら、歩に連絡するから」


「うん、わたしのPHSの充電は満タンだから大丈夫よ。ここでJRの人に聞けば電車の状況も分かるもんね」


 高木くんは、横を通り抜けていくタクシーに気を配りながら言った。

「空振りに終わっても、別にいいじゃん。行こう」

「高木くん、恩にきる。ほんとうに」


 わたしと歩が同行することで話がまとまった。


 シビックタイプRは3ドアだ。後部座席に乗るためには、助手席の座席を前に倒して目一杯前に出し、そこから入り込まなければならない。


「じゃ、行こう、長友」

「うん」


 歩が先に早く乗れと促すが、わたしは渋った。無言で手を車に向けて差し出し、彼女にお先にどうぞと合図する。


「そう? じゃわたし後ろね」

 歩はすばやく後部座席に滑り込んだ。わたしは、起こした赤い助手席にそっと腰をおろして、運転席の高木くんに微笑みかけた。


 約束だったもんね。助手席に乗せてくれるって。


 高木くんもふんわりと笑った。


「君ら、何を見つめあっているのだ?」


 歩に急かされ、和さんを残しわたしたちは駅前を出た。

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