第56話 狩人
パイソーン伯爵を囲んで、楽しい話をした。
アルベルトもパイソーン伯爵も武官なので、遊びといえば狩りであるということに話が及んだ。
「へー、狩りですか。私はしたことがありません」
とシーンがいうと最初に口を開いたのはムガル宰相だった。
「なんと婿どのは狩りを知らんか? ではこの間の網打ちのように負かしてやろう」
と挑発。それにパイソーン伯爵も乗り掛かった。
「それは面白い。狩りは武官のたしなみ。ここは婿どのに教えてしんぜよう」
余裕綽々である。ムガル宰相が勢子と山を準備するということで、数日後にやろうということになった。
その間、シーンはエイミーを引き連れてパイソーン伯爵に都を案内した。
◇
やがて狩りの日がやってきて、ムガル宰相の馬車にシーンが陪乗し、アルベルトとパイソーン伯爵の馬車がその後に続いていった。
やがて夕方となり荷車が四両、グラムーンの庭に入ってきて、四人の楽しい笑い声が聞こえてきた。
ムガル宰相は大笑し、シーンの顔は沈んでいた。
呼ばれてジュノンとエイミー、サンドラがやってきたので、シーンは駆けよって妻の二人の頬にキスをしたが、順番はエイミーの次にサンドラというものだった。
サンドラの侍女や護衛は、おそらくエイミーに嫉妬させないための行動だと理解していた。
そのうちに係のものが獲物の重さを秤で計って、その結果を発表する。順位はムガル宰相、パイソーン伯爵、アルベルト、シーンの順で、文官の頂点であるムガル宰相はみんなに向かって胸を張って見せた。
「どうかね諸君。儂は若い頃は『エリューダの狩人』と言われたのだ。まだまだ君たちには敗けはせぬ」
エリューダは宰相の領地にある狩り場だ。そこで若い頃は鍛練に励んでいたのだろう。アルベルトとパイソーン伯爵は頭を下げた。
「お見それしました閣下」
「はっはっは。どんなもんだ」
シーンはそっとサンドラとエイミーに耳打ちした。
「ずっとあの調子なんだ。私は同じ馬車だったからもう参ってしまったよ」
と言うので、サンドラとエイミーは顔を見合わせて笑った。
その時だった。
「にゃ~ん」
と鳴き声が聞こえるので見てみると、金毛の猫がこちらに近付いてくる。その毛に太陽の光が反射して、まるで輝いているようだった。
それを見たムガル宰相はシーンを呼んだ。
「やあやあシーン。見よ、猫だ」
「左様ですねぇ」
「猫は我が家の紋章にも書かれている通り公爵家と縁が深くて守り神とも伝えられておる」
「そうなんですか」
「だから儂は猫を見たら施しをするようにしておるのだ。見よ、珍しい。金色の猫とは、まるで獅子だな」
「左様ですねぇ」
ムガル宰相は荷車のほうに行き、射止めた小鳥を持ってきて猫を呼んだ。
「さあおいで。食べ物をあげようね」
「にゃ~ん」
「可愛らしい。人懐っこい猫だ」
猫は愛くるしい顔をしながらムガルに近付いて行った。
が、突然二足歩行となりムガルの差し出した手を駆け上がった。そして肩を蹴って近くにいたシーンの胸を蹴って大空でひと回転。
右前足で背中の毛を一本むしり、左前足はまるで弓を構える形だ。
そして叫ぶ。
「覚悟せよ!」
それはエイミーに向いていた。エイミーも叫ぶ。
「イルケイスか!」
そしてエイミーは隣にいたサンドラを危険がない場所に突き飛ばす。そのためエイミーは身構える時間を大きく失った。
金毛の猫はさらに太陽のように発光し、そこにいた全員が目を覆った。
やがて光が薄くなって目を開けると、エイミーは胸に小さな光の矢を受けて口から血を流していた。
猫はエイミーに近付いて小さく泣いた。
「姉上……、姉上のバカ!」
「バカなイルケイス……こんな姉のために涙を流すなんて。あんたからイアンナに謝っておいてちょうだい」
そう言いながらエイミーは膝から崩れ落ちた。
シーンは涙を流しながらエイミーに駆け寄り、その身を抱き締めた。エイミーの顔は穏やかに笑っていた。
「エイミー! 大丈夫か!?」
「ふふ。シーンさま。こうなることは分かっておりました」
「な、なにを言っている?」
「皆さま、お聞きください。さんざん騙して参りましたが、私はエイミー・パイソーンではないのです。ご遺体を借り、私の魂の入れ物にしただけなのです」
それに一同驚いたがエイミーはシーンの顔を見ながら言った。
「私はメルボルンに住まう竜で、夫と共に暮らしておりました。あるとき夫は言いました。『融合して永遠を共に暮らそう』と。それは愛の究極な形、一つ身になることです。私は受け入れ、融合のために二人して千年修行をすることにしました。ところがそれをよく思わないものがいたのです。四人の大天使でした。なぜなら私たちが融合すれば神に匹敵する力を持つからです。もちろん私たちにそんな野心はありませんでしたが、天使たちは私たちをメルボルンの二つの尾根に分けてしまったのです。夫は、修行が終われば会えると言いましたが、そんなに待てるわけがありません。私は夫の住まう岩山に行きますと、すでに天使たちは罠を張っており、罰と称して岩を落としたのです。天使の力が宿った岩です。私はかすり傷でしたが、私を助けようとした夫は岩の下敷きとなり、肉体を失ってしまったのです。私はすぐに夫の魂を掴んで、壺に入れ新しい肉体を作ることにしましたが、肉体が出来る寸前に天使たちは魂の壺を盗んで、運命の輪の中に投げ込んだのです。夫の魂は最後に傷付いてしまったので、不完全なものでした。私が作った肉体でないといけなかったのです。その魂はシーンさまの本来の魂と結合し離れなくなってしまいました。そして夫の魂は強いために主導権を取り、それがシーンさまとなって障害を持ったまま産まれたのです」
息も絶え絶えに話すエイミーに、使用人が水を持ってきたのでシーンがエイミーへと飲ませようとしたが、エイミーはかぶりを振って拒否し、話を続けた。
「私は悶え苦しみました。天使たちは私たちの仲を割いた上、重要な運命を背負ったシーンさまの未来を変えようとしたのです。私は考えた末にシーンさまのお側に近付き、正しい運命に近いものに修正しようとしました。しかし愛する夫に他の女は近付けたくはない。悪いと思いながらもサンドラをシーンさまから離すように運命を仕向けたのです。私にはその力があったのです……。ですが正しい運命は回り始め私は運命の輪から追い出されることになりました。それが今日のこれなのです」
そしてエイミーは咳き込んでまた血を吐き出した。
「サンドラ。ここに来てちょうだい」
エイミーに呼ばれて、サンドラはそこに近付いた。エイミーは自分の下腹部に手を突っ込んで破ってしまった。そしてそこから赤ん坊を取り出したのだ。それは光輝く赤子だった。
「約束よ……。これは元々あなたが産むはずだった子供なの。私はもうダメだわ。どうか邪険にしないでやってちょうだい。立派に育ててちょうだい」
「弱気になるなエイミー!!」
サンドラに子供を預けたエイミーを強く抱き締めてシーンは叫んだ。そんなシーンにエイミーは微笑む。
「シーンさま。もうダメでございます。目の前が見えません。どうか、閨で呼んでいた名前を呼んでください……」
エイミーはシーンの手に自分の手を弱々しく添える。シーンはそれを強く握って名前を呼んだ。
「ああ愛しているよハジャナ……」
「ええ ディエイゴ。あなたは わたしの すべて──」
そう言った途端に、エイミーの身体は崩れ去り骨だけになってしまったのであった。




