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第52話 幸せな生活

 シーンとサンドラは初夜の次の日に、腕を組みながらグラムーンの屋敷に挨拶に赴いた。

 父アルベルトも、母ジュノンも腰を抜かさんばかりに驚いて、座っていたソファーから滑り落ちてしまったが持ち直した。

 シーンの心境の変化を聞きたかったが、サンドラ本人がいるのでエイミーの名前を出すのを憚られ、とりあえず祝賀の言葉を贈った。

 アルベルトはサンドラとのことが落ち着いたと思ったが、エイミーに不義理という思いもあってシーンだけを書斎に呼んだ。


「君は私の前でサンドラ嬢を娶ることはないと泣きながら言ったが、どういう心境の変化だい? それから妊娠中のエイミーを正妻から下ろしてサンドラ嬢を正妻にするなんて、妻が妊娠したら相談もせずにそうすることが正しいことになってしまうよ」


 と言うと、シーンは頭を抱えてさめざめと泣くのだ。


「はいお父上。私もどうしてそうしたのか分かりません。エイミーはとても大事だし、サンドラのことを憎いという気持ちも胸の中に少しだけあるのです。それは灰の中の炭火のようにくすぶっています。しかし私の心が正直にサンドラを娶れと叫ぶのです。分からない。どうしていいか分からないですが、その思いはサンドラを掴んで決して放してはいけないと言うのです。エイミーは大事な人です。ずっとそばにいて微笑んでいて欲しい。ですが、サンドラは愛しているのです」


 その言葉にアルベルトは大きく頷いた。


「そうか……。エイミーもサンドラもどちらも好きになってしまったか。それを正直にエイミーに言わなくてはいけないよ。彼女はサンドラを第二夫人に薦めはしたが、自分が第二夫人にされたとなってはさすがに怒るだろうから」


 いつも朗らかで子供のようなシーンだが、このときばかりはアルベルトにすがった。


「ああお父上! 私はどうしたらよいのでしょう。サンドラと共にいる時はエイミーを忘れてしまって幸せな自分がいる。しかしこうして離れるとエイミーが大事でしかたない。だから怖い。恐ろしい。エイミーにこの事がバレてしまうのが」


 アルベルトはぎょっとして尋ねた。


「恐ろしいだって? あのエイミーがかい?」

「はい。私はきっと許されません。私の肉体から魂を引きずり出されてしまうかもしれない」


「エイミーが? キミを殺すだって?」

「エイミーは私をどうするでしょう? 大恩ある彼女を裏切りました。でももうサンドラなしでは人生を考えられない。エイミーが来て私を……私を……」


 そう言ってシーンはアルベルトに泣きながら懇願するのだった。


「──おおそうか。今の彼女は妊娠して静養中だ。領地の屋敷で子供を産むことが第一だ。安心しなさい。エイミーには私から言ってあげよう。しかし妊娠中の彼女を不安にさせてはいけない。それは子供が産まれて、子供を乳母に預けてからだよ」


 そこでようやくシーンは顔を上げた。


「ああお父上! ありがとうございます!」

「うんうん。サンドラと仲の良い蜜月を過ごすといい」


 そう言われたシーンは安心してサンドラを伴って軍団長の邸宅へと帰っていった。




 さらに数日後には、学校の同級生に招待状を送り、邸宅のホールで祝賀会を開いた。

 二人で寄り添いながら同級生たちに酒を振る舞ったので、みんな目を丸くしたが、それ以上に性格が丸なったサンドラを見て、あの時のことは過去のこと。シーンには病気がなくなり勇者称号を受けたことへ祝福の言葉を伝えたのだった。




 そんな二人の蜜月は数日続いていた。

 サンドラはベッドの上でまどろみの中だったが朝日に目を覚ます。すると隣に寝ていたはずのシーンがいないので辺りを見回した。


 すると、ノックも早々にノーイが勢いよくドアを開けて入ってきた。


「お嬢様! 私は我慢に我慢を重ねてきましたがもう限界です。離婚してください!」


 朝からなんのことだろうと苦笑いをしながら聞いてみた。


「お嬢様。私は旦那さまや奥さまに信頼されお嬢様の教育係を任されました」

「そうねぇ。そうだったわねぇ」


「私は悪い侍女長でした? ですから私への反抗心でこのような結婚を?」

「そんなわけ無いでしょ」


「いいですか? 私は心の広い人間ですよ。お嬢様が下女の格好をして、シーンさんの足を拭いているのを見ても驚きこそすれ、それを咎めませんでした」

「あれは、そういう遊びだったのよ? 私たちは幼い頃、一緒に遊んだおままごとを思い出しながら下女と旦那さまごっこをしたの」


「それからお二人が裸足でこのお屋敷の中を歩いていても意見一つしませんでした」

「そうなのよ。シーンたら絨毯の上を裸足で歩くと気持ちいいのを見つけてねえ。足が気持ち良かったわ。ノーイもやってごらんなさい」


「シーンさんが長柄の箒を振り回して、イグランド朝の歴史ある文化財の壺を割ってしまっても、涙を流しても罵倒しませんでした」

「あの時は大きな蜂が入ってきてたわよね。シーンがやっつけてくれたけど、使用人に怪我がなくて良かったわ」


「お嬢様、あんな無作法ものを追い出してください!」

「私がシーンの元に来たのに追い出せるわけないでしょ」


「ではどうぞこちらへ。これを見たらお嬢様も気が変わりますわよ」

「あら、シーンがいないのはそちらにいるのかしら。分かったわ行ってみましょう」


 ノーイの案内で部屋から出ると、庭がワイワイ騒がしい。まるで祭りのようだ。


 ノーイの足はその庭に真っ直ぐ向かっている。その頃には、楽しそうな声は一層大きくなるばかり。

 ノーイが扉を開けると、そこにはずぶ濡れで池で遊ぶ、シーンとムガル宰相の姿だった。


「はっはっは。勇者シーンよ。儂とてエズバランの河童と言われた男。まだまだ敗けはせんぞ」

「ぬぬう。義父上。なかなかやりますな!」


 エズバランはムガル宰相の領地の一群の名前で、そこには美しい湖水がある保養地だ。どうやら宰相は昔そこでやんちゃしていたらしい。


 二人は大きな池に入って投網を打ち、魚の量を競っているようだった。すぐ近くでは使用人が火をおこし、二人の獲物を捌いて焼いている。使用人の子供たちも振る舞われる魚を楽しみに待っていた。


「お嬢様。これを見て分かったでしょう?」

「ええそうねえ」


「では良かった。お嬢様は頭が変になったわけではなかったのですね」

「今のウソ。なにが問題だか全然分からないわ」


 ノーイは崩れ落ちて膝をついてしまったが持ち直した。


「旦那さまは、出仕の前にシーンさんを見ようと思って立ち寄っただけなのに、ああしてお召し物を汚してしまって! あれでは仕事も出来ません。それもこれもシーンさんのせいですわ!」

「うふ。お父様にもあんな一面があったのね。ご覧なさい。とても楽しそうだわ」


 見ると窮屈な貴族生活と、宰相の重責を忘れた生き生きとした顔。使用人たちも宰相が配る魚を嬉々として受け取っている。そのうちに審判をしていた使用人が手を上げて、この試合を止めた。


「えー、軍団長さまが42。宰相閣下が60で宰相閣下の勝ちです!」


 と軍配を宰相に上げると、宰相は胸を張りみんなの歓声を受けた。シーンは悔しそうに地団駄を踏んでいた。

 サンドラはそんなシーンの元にいって慰めると、シーンは立ち直ってムガル宰相を誉めた。


「いやあ義父上。このシーンの敗北です。まだまだ義父上には敵いません」

「いやいやなんのなんの。まぐれよ」


 そう言って宰相手ずから使用人に焼いた魚を手渡した。


「そらノーイ。これはキミの分だよ。なかなか美味な魚らしい」


 とノーイにも配られたので、ノーイは宰相からの下賜品に文句を言うわけにも捨てるわけにもいかずかぶりつくしかなかった。


「ああ、美味しいです」

「で、あろう。さてさて儂も宮殿に行かねばな。誰かある。着替えを持てい!」


 と叫ぶと、ぞろぞろとお付きのものがやってきて宰相の肌着から上着まで着替えをさせた。

 シーンが宰相に挨拶すると、宰相は笑いながら出ていく。シーンがその後ろ姿を眺めていると、門のところですれ違った人物にシーンは震え上がった。


 それはエイミーだったのだ。

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