第49話 妾は娶らず
シーンはサンドラを抱え上げたままの姿勢で新居である邸宅へ行くというのでみんな驚いたものの、なるほどそれこそ勇者であろうと納得した。
シーンは途中でムガル宰相が待っていた応接室に立ち寄ると、サンドラを抱え侍女や護衛を引き連れたシーンに驚いた。
「シーン。早速娘を連れて行くのか」
「ええ義父上。今まで散々サンドラを待たせましたからね。結婚式は後程にしましょう。私は東軍団長の邸宅を陛下より頂戴しましたので、そこでサンドラと二人で過ごすつもりです。心配でしたら見に来てください」
「おお左様か。では後程花嫁と花婿に会いに行くとしよう」
シーンはそれに笑顔で答えた。
そしてそのまま屋敷の玄関を出る。ムガル宰相も見送りに出たが、目の前の広場に次から次へと荷馬車が停車していく。およそ三十両である。荷馬車の上には王家の紋章が入った箱がたくさん置いてあった。
その後ろには金色の六頭だての馬車。天蓋の四隅には王太子を示す旗が棚引いている。
それが停まって中から王太子ギリアムが出てきたが、サンドラを抱え上げているシーンを見て面食らった。
「勇者シーン!!」
「ええギリアム殿下。このような格好ですのでまともな礼も出来ずに申し訳ございません」
サンドラはシーンの首に手を回したまま、ギリアムと視線を合わせないようにしていた。
「私はサンドラを娶りに来たのだ。これは結納の品だ。君はなぜ私の愛しいサンドラを抱いている?」
「それは殿下、一足遅かったですな。すでにサンドラは私に輿入れを決めたのです」
「なんだと!?」
シーンの後ろから侍女の声で「殿下頑張れー」と応援が聞こえた。
ギリアムは続ける。自分には正当な理由も父である国王から許された経緯もある。シーンはサンドラを妾として娶らないと宣言したではないか。ギリアムは憤慨して詰問した。
「ええい! 君は二枚舌か! 先ほど王宮で確かに言ったぞ!? 君はサンドラを『妾として娶りません!』と大勢の前で宣言した! だから私はこうして父の許しを得てサンドラを娶りに来たのだ! 父である陛下も申した。『シーンがサンドラを妾として娶らないならお前が妃として娶るといい』とな! 国王の言葉はなによりも重い、王命であるぞ!」
その言葉にサンドラは震えながらシーンの首に回した手を強める。シーンの後ろからは盛大な拍手が聞こえたが、シーンは答えた。
「確かに申しました。サンドラを妾として娶らないと」
「であろう。では私にサンドラを渡したまえ」
「ですから妻として迎えるのです。私の正妻として」
「は、はぁ? 君には正妻がいるではないか!」
「彼女には第二の位置に降りて貰います。サンドラは大事な妻ですので」
そう言ってシーンはサンドラを抱えたまま、ギリアムの横を通り過ぎた。ギリアムはそれを力なく呼び止める。
「お、おい……」
「殿下にはどんなものでも譲って差し上げますが、サンドラだけは譲れませんよ」
先ほどまでシーンを恨んでいた侍女や護衛たちも、なんとなくその言葉を受け、シーンの背中を追いかけて行った。
ギリアムはその一向の背中を見つめるしか出来なかったがやがて笑い出したので、そこにムガル宰相は近づいて行った。
「で、殿下。なにを笑われます」
「ふふ。ムガルか。勇者シーンは何とも小気味良い男だな。私がベルゴールに苦戦したのにそれを単身で討ち取ってしまう。サンドラを振り向かせようと必死な私の横からかっさらってしまう。あんな偉丈夫に勝てる気はせん。大人しく引き下がるよ」
ギリアムは晴れ晴れとした顔で馬車に乗り、王宮を指して帰っていった。
◇
門衛から敬礼を受けてシーンは邸宅までの道を歩く。サンドラはドキドキと胸を高鳴らせていた。
その後ろにはまだシーンを完全には信用していないサンドラのお付きのもの。
やがて軍団長の邸宅が見えてくる。シーンの服装を見て、これが自分たちの主人かと使用人たちが出てきて道の端にならんで出迎えた。
「お帰りなさいませ。公爵閣下!」
声を揃えられた挨拶にシーンはサンドラを下ろして笑顔で手を振った。
「やあみんなご苦労様。私はシーン・グラムーン・サイル・バイバルだよ。覚えにくいだろうからシーンでもバイバルでもいい。こっちの可愛いのは妻のサンドラだ。公爵閣下のご息女だったのだ。私同様仕えて欲しい。あと後ろに控える、その他大勢はサンドラの召し使いだ。適当にあしらってくれ」
それにノーイは真っ赤になって声を張り上げた。
「め、め、召し使いですって!?」
シーンはそれにすぐ被せるように言った。
「今真っ赤になってるのは、この一団の頭目ノーイだ。彼女は使用人部屋の一番上等なところに案内してやってくれ」
頭目、頭目、頭目──。ノーイの頭にぐるぐるとそれが回る。まるで山賊のような言い方にノーイは卒倒して後ろの護衛に支えられていた。
それをシーンは笑ってサンドラの背中を押しながら邸宅へと入っていった。
作られたばかりの邸宅は木の匂いがした。シーンとサンドラはそれを楽しみながら各部屋を探索する。
正気に戻ったノーイは駆け出してシーンのベルトを掴んで歩みを止めた。
「シーンさん。私は山賊ではありませんよ! 訂正してください!」
シーンは怖がる振りをしてサンドラの後ろに隠れた。
「おお怖い怖い。ではノーイは二足か、四足かな? 化け物だ。サンドラ助けてくれよぅ」
「んまあ!」
ノーイは腕を振り上げてシーンを追い回す。シーンは笑いながらサンドラの前を後ろをいったり来たり。
サンドラはその二人の前に立った。
「まぁまぁ二人とも。これから一緒の空間にいるのだから。仲良くしてくださる?」
ととりなすと、シーンは
「はーい」
と答えたが、ノーイは一度シーンを睨んだ後で顔をツンと背けた。




