第40話 大嫌いだ!
シーンは領地の屋敷に帰ると、見慣れた馬車があったので、エイミーともども喜んで急いで屋敷へ入っていった。
ウォールは駆け寄ってきて、アルベルトが来ていると伝えてきた。
「分かってる、分かってる。馬車で分かったもの。お父上!」
ウォールに案内されて応接室に入ると、アルベルトはお茶を飲んでくつろいでいたので、シーンとエイミーは飛び付いていった。そこにチャーリーも部屋の中に入ってきた。
「お父上! お久しぶりです!」
「お義父さま、お元気ですかあ?」
アルベルトは二人の様子がいつもと同じだったので、とたんに目尻を下げた。
そんな三人の元にチャーリーが来て、シーンに話しかけた。
「若様。旦那さまにご報告があるでしょう?」
これはビジュル郡を制圧し、民衆を解放したこと、ギリアム王子を救ったことを伝えたほうがいいという意味だった。
シーンはにこやかに立ち上がって、エイミーに腕を組ませて胸を張った。
「そうなんです。このシーン、お父上にご報告がございます」
「なんだね。言ってみなさい」
シーンはエイミーと顔を合わせて微笑み会う。
「実はエイミーが私の子を身籠ったのです。きっと跡取りですよ。いやあ、よくできた女房で、私は肩身が狭いですよ」
「やだあもうシーンさまったらぁ」
アルベルトは驚いたものの、二人の仲なら当然だろうと頷いた。チャーリーは困惑した表情で、シーンへとお祝いの言葉を告げた。
「それは若様、おめでとうございます」
「えへへ。ありがとう」
「しかし若様。ビジュル郡平定のことをお伝えしなくてはならないのでは?」
「え? あー……。どうでもいいけど……。実は父上。我が領地のビジュルには長年民衆を苦しめる支配者がいたようなのです」
それはアルベルトも知っていた。危険な土地なので、シーンには伝えてはいなかったのだ。
「まあ巡察の折りにそれら支配者の首を全てはねました」
アルベルトは驚いてしまった。危険なビジュル郡を平定するには何万の兵士が必要だったかも知れない。それなのにシーンは一人でそれらを鎮圧したというのだ。
しかも、ビジュルからは税収が見込めないと思っていたので、自己負担がどれ程になるか頭を抱えていたところだった。
解放したのであれば、領民より税収も見込めると、アルベルトはホッと胸を撫で下ろした。
そんな時、使用人が駆け込んできたので、直立不動の姿勢をとっていたウォールは体をそちらに向けて問い質した。
「何事です。ご領主が家族水入らずでお話しされているというのに。ネズミがでたとかいう話なら後にしなさい」
しかし使用人は息を切らせながら申し上げる。
「それが、都から五千の兵士がやって来て、屋敷の前で整列しております」
それは一体何事かと驚きながらアルベルトを先頭に出ていくと、隊長であるエリック・ハリドが進み出て命令書を読み上げた。
「陛下よりご命令である! 勇士シーン・グラムーンは、兵士五千を引き連れ、領地のビジュルよりサイルに奇襲し、賊将ベルゴールを討ち、ギリアム王子殿下を救出せよ!」
エリックはそう言って命令書をたたみ、シーンへと手渡したが、シーンはぽかんと口をあけたままだった。
エリックはそれを鼻で笑った。
「どうした。ベルゴールが恐ろしいか。だが私も参る。共に力を合わせ、賊を討ち取ろうではないか!」
シーンはしばらく命令書を握ったまま突っ立っていたが、使用人を呼んで、ラリーに荷車を引いてくるよう命じると、ラリーはすぐに腐臭の溢れる首の入った荷車を運んできた。
シーンはそれを指差してエリックに向かって伝える。
「ベルゴールとその一味は全て討ち取っておりますと陛下にお伝えください。ギリアム殿下も王宮に戻り途中だと思う。この首を持ってキミは都に戻ってくれ」
そういった後に、兵士たちに労いの言葉を掛けるとシーンは家族を伴って屋敷に入ろうとした。その背中に、五千の兵士たちの歓声が津波のように聞こえたので、シーンは照れながら頭を掻いた。
エリックは焦って兵士たちを制し、シーンの背中に問う。
「し、シーン! ならば都に行ってこの大功を陛下に直々に申し上げなくてはいかん! 陛下からきっとお褒めの言葉があるだろう」
しかしシーンは背中を向けたままエリックに向かって叫んだ。
「いやだよ。めんどい。キミからよろしく言っておいてくれ」
そう言ってさっさと屋敷の中に入っていってしまった。
応接室に戻ると、シーンはエイミーと下座について、アルベルトが主席に座るのを待っていた。
アルベルトは先程の戦功が華々しいものなのに対し、シーンがまったくそれに執着がないことに頭を抱えたまま席に着いた。
「お父上。母上の様子は? 使用人たちはみな健勝ですか?」
「お義父さま、庭のモンテロの花も咲いたでしょうね。こちらにはモンテロの木がないから懐かしいですわ」
しかし、アルベルトはこの無邪気なシーンへと手紙を手渡し、宰相家の黄金の剣をテーブルの上に置いた。
手紙を読みはじめたシーンの手はわなわなと震え、そのうちに髪の毛が逆立ち、烈火の如く怒って、宰相からの手紙をビリビリと破ってしまった。
「なんなんですかこれは! サンドラとの話などとうの昔に終わったはずでしょう! 第二夫人だろうとなんだろうと、受け入れる気持ちはこれっぽっちもありません!」
そこにはいつも温厚なシーンの姿はない。尊敬する父アルベルトに詰め寄って叫んだ。
アルベルトもその豹変ぶりに驚いたが、シーンを説得した。
「そんなに邪険にするな。サンドラ嬢は不器用だが、お前を愛しているのだ。毎日城門の前に立ち、いつか都に帰ってくるお前の姿を一目見るだけのために風の日も雨の日も待っているのだよ?」
「そんなこと知りません! サンドラが勝手にしていることなど私には関係ありません!」
「なあシーンや。せめて公爵の希望に従って、家に入れてやるだけでもいいのではないか? 彼女は君のそばにいれるなら、使用人でも構わないとのことなのだ」
「知らない! 知らない! そんなことお父上でも勝手にやったら許しません! 私は家を出て、エイミーの実家に身を寄せます!」
と決してサンドラを許さなかった。アルベルトは必ず説き伏せると言った手前、強硬なシーンを何とかして貰おうと、エイミーに助けを求めた。
「エイミー。キミは賢い女性だ。キミからもシーンを説得してくれ」
エイミーがシーンのほうを向くと、シーンは穏やかな目で彼女を見つめた。
「エイミー。キミはなにも心配しなくてもいいんだよ。可愛い赤ちゃんを産んでくれよ」
「しかしシーンさま。私は妊娠中なので、シーンさまのお相手を前のようには出来なくなりました」
「うんうん。それは仕方ないよ。寂しいけど……」
「ですから、サンドラ嬢がそのように申し出ておるならよろしいじゃないですか。妊娠中にお相手差し上げては?」
シーンはあまりのことにソファーから滑り落ちて床に体を打ち付けてしまった。
アルベルトもエイミーに同調した。
「そうだそうだ。エイミーの妊娠中はサンドラ嬢にお相手を頼むとよかろう。遊び相手も閨でのことも。きっとそのうちに情がわくさ」
しかし、シーンは重いものでも背負っているように立ち上がって泣きながら叫んだ。
「なんです、なんです! お父上もエイミーまで! 私は不承知です! もういい! 大嫌いだ! みんなみんな大嫌いだ!」
そう言って部屋を飛び出して寝室のドアを思い切り閉めてしまった。
 




