第4話 占い
シーンは貴族学校に通っている。シーンを愛しているアルベルトとジュノンではあったが、シーンが話せないことでいじめのことはまったく分からず、楽しく学校に通っているものだと思っていた。
グラムーン家の跡取りのため教育は大切なものだし、名門貴族学校卒業という名目も欲しかった。
シーンは両親に促されるまま、エイミーと離され学校のある日は通わなくてはならなかった。
この貴族学校は、王族、貴族、豪商や名士の子弟が通うもので、豪商や名士の子弟たちは校舎が別と区別がされている。王族、貴族は同年の少年少女たちがひととこにまとめられ、政治や経済、外交や軍事、商業、文学、芸術、武術などを教える場所である。
教師は民間や下級貴族から排出され、王族といえども教師の言うことを聞かなくてはならなかったが、それは名目上の話で教師を軽んずる上流階級の貴族も少なくはなかった。
その日もシーンが学校へ行くと、教室の中央には生徒ではない老婆が席に腰を下ろしており、異様な祭壇のようなものがあった。
しかし貴族たちは楽しそうにその老婆の周りに集まり、老婆の話に歓声を上げていた。
シーンはいつものように自席に腰を下ろして教師を待つことにした。
どうやら老婆は占い師のようで、侯爵令嬢のアンナが連れて来たようだった。
長い痛んだ白髪、シワだらけの顔には目隠しがされており、その目隠しの中央には大きく開かれた目がデザインされている。ダボダボのローブをまとい、正面に座ったものの手をさすって将来を予告するといったものだった。
「あなたは伯爵さまに見初められて、多少伯爵さまの浮気に苦しむものの、将来を添い遂げます」
「えー! 浮気はやだぁ」
男爵令嬢のメリッサは大きく叫ぶものの、周りは『伯爵だぞ、伯爵』とたしなめる。
次に座ったのは侯爵家の嫡子エリックで、公爵令嬢のサンドラを一瞥してすぐに占い師のほうへと目を向けた。どうやらサンドラに気があるようである。短い金髪をいつものようにいじくって、威丈高に老婆に命じた。
「俺は恋愛について占って貰おうかな?」
というと周りがざわめく。エリックが老婆へと手を伸ばすと、老婆はその手を取って数度さすった。
「親類のご令嬢と結婚するでしょう。しかしあなたは他のご令嬢に心を傾けるので、奥様は愛想を尽かして出て行きます。あなたは思い直して彼女を迎えに行き、再構築なさいますが立場は逆転します」
そう言われてエリックは恥じて顔を赤くすると、周りがわぁわぁと笑い出すので怒ることも恥ずかしいとバツが悪くなって席を蹴って出て行った。
そこにサンドラが面白がって老婆の前に腰を下ろす。
「面白いわね。私の恋愛について占ってご覧なさい。私は宰相の娘サンドラよ。間違った占いをしたら分かっているわよね」
と威圧し、優雅に手を差し出した。老婆はその手をとり、しばらく撫でさすっていた。
「ふぅむ、これはこれは難しい」
「なにが?」
多少イラついてサンドラは老婆を睨む。だが老婆は怖じけることなく続けた。
「あなたのお相手は長身で金髪。武勇に優れ、国家より英雄称号を賜る人物です」
そういうと、教室中がわっと涌いた。英雄称号は武勇に優れたものに贈られるもので三種類ある。
一つは『英雄』で建国以来一人しかいない。国家の立役者である将軍に贈られた。
二つ目は『勇者』であり、建国以来三人。国の窮地を救い、鬼謀奇略を駆使した人に贈られた。
三つ目は『勇士』。建国してから24人に贈られている。勇敢に敵に立ち向かったものに贈られた。
しかしその三つとも現在は空位であって、老婆の言ったことはこれから贈られるであろう人物を指していた。
「きっと、ギリアム王子だわ!」
ギリアム王子は国王の三番目の王子だが、正妃の一番目の子なので王位継承権は第一位の青年だった。サンドラよりも4歳年長で、いわれた通り長身の金髪な美丈夫であった。
サンドラは得意気に鼻をならすが老婆は続ける。
「そのかたとは運命で結ばれており、他のかたと結婚すると必ず不幸となりますが、そのかたと結婚すれば未来には必ず富貴と愛溢れた幸せが待っているでしょう」
「当たり前だわ。私は神から祝福を得たのよ。英雄称号ですって? 地位も名声も家柄も美貌も全部、全部私の思うがままなんだわ!」
サンドラは嬉しくなってその場でクルリと回るとシーンの元に行き、その袖を引っ張った。
「うー!」
「うるさいわね。グズ! さっさと立ちなさい。あなたも占って貰うのよ。あなたの結婚相手は誰かしらね? 豚かネズミかしら?」
嫌がるシーンだが、サンドラに指示された腰巾着の貴族の子弟たちが強引に彼を立たせて老婆の前に座らせ、腕を取って老婆に触れさせた。
老婆はその手に触れてしばらく黙ってしまったが、やがて話し出した。
「これはなんという強い運命を持ったお方。あなたは国に貢献し、美しき妻と人生を共にするでしょう」
「うお……」
それを黙って聞いていた教室の少年少女たちはやがて腹を抱えて笑いだした。
「はっはっは。そんなはずはない。うすのろシーンにできるものか」
「これが国一番の占い師とは」
「国ってどこの国かしら? 豚の国かしらね?」
大層に教室は湧き上がり、サンドラも笑いすぎて涙が出てしまったようである。彼女はその涙を拭きながら老婆に問う。
「面白い余興だったわ。あなたの占いなんて信用できない。シーンが美しい妻と人生を共にするならば、その妻に興味があるわ。どんな容姿かしら?」
それに老婆は真剣に応える。
「さすればとても高貴なお方です。髪は紫色で瞳の色は薄い橙色をしております。その方はとても彼を愛しており──」
それを聞いてサンドラは真っ青になった。そこに、男爵令嬢のレナが小さく言う。
「え、それってサンドラ様──?」
と言って口を押さえる。教室中は水を打ったように静かになり、シーンは首を大きく横に振って否定した。いじわるなサンドラがたとえ占いであっても自分の妻になどなって欲しくなかったからだ。
老婆の言ったこの容姿は国の中でも大変珍しく、サンドラとサンドラの母くらいしかいない。高貴なお方といわれれば、その二人しかいないのである。
しかも先ほどのサンドラへの占いにあった長身で金髪というのもシーンにも当てはまる。
サンドラはヒステリーを起こして、激しく憤り先ほど言葉を発したレナに持っている扇を投げ付けると、それはレナの顔に当たり彼女は震えながら跪いた。
「お、お許しを。サンドラ様」
レナは許しを乞うものの、サンドラはそっぽを向いて教室の後ろに控える自分付きの侍女を呼んだ。
「ノーイ」
「はい」
ノーイという侍女は、手持ちの鞄から新しい扇を出してサンドラに渡すと、サンドラはそれを広げて口元を隠して老婆を一瞥した。
「ふん。何か面白くないことでもあったから、私とシーンを結びつけるようなことを言ったのでしょう。茶番は終わりよ!」
それを聞いて老婆は顔を上げる。
「宰相閣下のご令嬢。私はこの通り目が見えませんので、お嬢さまの容姿は存じ上げません。しかし、お嬢さまの将来の富貴はこのかたにあやかってのことでしょう」
と目隠しをした顔のままシーンを指して言うので、サンドラはますます憤慨する。しかも、シーンはその言葉にも涙を流しながら大きく横に首を振るので、手に持った扇を閉じて、へし折らんばかりに力を入れた。
そして老婆に向かって声を張り上げる。
「もう結構だわ! さっさと出て行きなさい!」
大変な剣幕に驚いた老婆は、杖をついて出て行った。シーンは涙を流して首を横に振ったままなので、サンドラは怒りに任せて、その体に扇を振り下ろした。
「なんであんたが拒否するのよ! ふざけないで! あんたなんて呪われるといいわ!」
数度振り下ろした扇は運悪く鼻に当たったようで、シーンは鼻血を出してしまった。それを見たサンドラは少しばかり溜飲が下がったのか、侍女を呼んで教室を出て行き、その日はそのまま早退した。




