第36話 ビジュル侵攻
シーンとエイミーは、チャーリーを連れてさっさと屋敷へと帰り、釣竿をその辺に放り投げると、使用人を六人呼んだ。家宰のウォールは今度はなんの遊びかとどぎまぎしながら訪ねた。
「ご、ご主人。いかがしましたので……?」
「ビジュルに盗賊を捕えに行くんだ。四人はエイミーを輿に乗せて運びたまえ。二人は縄と網を持つんだ」
といつもの遊びの調子に使用人たちは顔を見合わせる。
「ビジュルは遠いですよ。六日はかかります」
「そこは大丈夫。私たちは旅程を早める道具を持っているからな」
そういってシーンはエイミーの小袋から、一歩進めば十歩分進めるお札を出して使用人たちに足に貼るよう命じた。使用人たちは見たことも聞いたこともない道具に驚いていた。
チャーリーはいままでの現実から離れたことに終始驚いていたものの、またもや進言した。
「ご主君。私は未開のビジュルを見たことがありませんので同行してもよろしいですか?」
それにシーンはいつもの調子だ。
「ああ構わんよ。槍でも持って貰おうかな?」
そう言ってチャーリーに槍を渡してきた。
果たして一隊が出来上がった。シーンを先頭に、槍を持つチャーリー、網と縄を持つ使用人。屋根無しの輿の上には日傘をさしたエイミーがちょこんと座り、それを四人の使用人が持ってシーンが楽しそうに出撃ラッパを吹きながらビジュルへの道を進む。
ビジュル郡は隣接した土地とは言え、道も整備されておらず、でこぼこした小道はようやく輿一つが通れる程度の狭さで、草や木々が生い茂り、昼間でも暗い場所だった。
突然声を上げて飛び立つ鳥や獣にチャーリーや使用人たちはビクついていたが、シーンとエイミーは絶えず微笑み楽しんでいるようだった。
悪路であったが、早々にビジュルの端っこにつき、ひろめの場所を見つけたので、みんなしてキャンプの準備を始めた。
シーン自らテントを張り、火をおこす。エイミーは手ずから麦がゆを作ってみんなに振る舞った。
未開の場所に入ってみんな戦々恐々なのに、シーンとエイミーは物知らずなのか怖い物知らずなのか、さっぱりいつもの調子だ。しかしチャーリーだけは、エイミーのことを怪しんで見ていた。
「誰?」
突然、エイミーの声。その方向に人影がたくさん。その全てはボロをまとっており、老若男女15人ほどだ。
シーンは歓待してこの怪しい人々を晩餐に迎え入れた。
「やあやあ、私は都から来たシーン・グラムーンと言って、この土地の領主なんだ。みんなに食事を振る舞おう。さっ、こっちにおいで」
そう言って立ち上がり、鍋の前に立つと怪しい人々はよほど腹が減っているのかぞろぞろと鍋の前に集まる。
チャーリーと使用人の前で、シーンは麦がゆを分けては施し、それにエイミーが食器を渡している。
怪しい人々は、食事を貰うとそっちこっちに座り込んで麦がゆをすすりだした。誰も気付いていないようだが、鍋の麦がゆはなくならかったし、食器もどこから来たのか分からないとチャーリーは一人息を飲んだ。
しかし二人ともがっつく人々に興味津々だ。
「君たちは領民か? 暮らしはどうだ?」
「私たちは領民の状況と、豪族や地主、名士たちの様子を探りに来たのよ」
と微笑みながら問う。そのうちに、その人々の中から二人の子供が立ち上がり、エイミーの元にやって来た。
「ペコリト」
その言葉は誰も知らない言葉だったがエイミーだけは笑って答える。
「ペコリト、エジャクサ、ノクトホイ」
そう言いながら、子供の食器に麦がゆを入れててやると、大人も恥ずかしそうに立ち上がり申し訳なさそうに食器を出した。
「ペコリト」
「ペコリト、エジャクサ」
大人たちは子供たちと寄り添って麦がゆを食べる。そのうちに、その中から一人の中年の男が手を上げた。
「私はラリーと言いまして、二十年前まで都で商売していたので、ご領主の言葉が分かります。よくぞビジュルを解放に来てくださいました」
シーンはにっこりと笑い、そのラリーという男を近くに呼んで話をさせた。ラリーは語り出す。
「この土地の民衆の九割は一割の地主に虐げられ、奴隷と同じです。日が昇って沈むまで強制労働され食べ物を与えられないので、みんな野ねずみや木の実、草の実を食べております」
「ふむう。それは難儀だな」
「人々は我々とは違うこのようなビジュル言葉を使います。食事が取れずよく餓死する人が出るので、私のように拐われてきて労働力とされます」
「なるほど、なるほど」
ラリーはさらに泣きながら訴える。
「美しい女は配偶者がいても奪って妻にしてしまいます。私も当時は妻と新婚旅行の最中で、サイルよりバイバルに行く途中で拐われました。妻は美しかったので、当時の酋長の妻となり、飽きると部下の妻にされ、私の元に戻されること無く亡くなってしまいました」
これにはさすがの天真爛漫なシーンも怒った。
「相手が思い合い決められた相手を奪うとは許せんな。そう思うだろエイミー」
「え、ええ、そうねぇ」
歯切れ悪く答えるエイミーのことをチャーリーは見逃さなかった。
シーンは憤慨して、明日はビジュルの酋長を攻めようと宣言すると、エイミーを伴ってテントで寝てしまった。
その間にチャーリーはラリーに近付いた。
「キミキミ。キミは、この訳の分からん言葉を話せるね」
「ええ。二十年もここにいたらだいたい話せるようになりました」
「さっき子供はなんといっていたのだい?」
「ああ、あれは“もっともらえますか”みたいなことです」
「なるほど。では奥さまは?」
「ええ。“あるから、たくさん食べなさい。大きくなりなさい”ということです。まさか奥さまがビジュル出身だとは気付きませんでした」
「いや。奥さまは北都ノートストだ」
「え?」
「それにあの言葉は現代のエルフ言葉に近い。ひょっとしたら古代のエルフ言葉なのかもしれない……」
「エルフ? 奥さまもエルフなのですか?」
「いやまさか。普通の人間だろう。しかし、なにかがおかしいような気がする……」
「考えすぎですよ。あんな名君見たことありません」
「まあ名君には違いないが……」
チャーリーはその晩をまんじりとせずに過ごした。
次の朝、シーンは起きると意気揚々とビジュルの支配階級を倒すぞと宣言し、出撃ラッパを吹いて出発した。
それにぞろぞろと人々は従った。




