第32話 勇者称号
サンドラはその日も城門へ出て、シーンのいるバイバル地方の方を眺めていた。
父がシーンの元へと嫁げるようにしてくれるかもしれないと思うと自然と顔がほころび、それを見る城門を通る人たちも思わず笑顔になっていた。
サンドラの後ろには侍女が三人控えている。その後ろには護衛が四人。馬車には従者が一人。馬の世話をする馬丁が一人。十人の一隊である。
侍女たちは甲斐甲斐しく、日傘をさしたり、椅子に座るよう勧めたり、扇であおいだり、水を飲むよう勧めたりしている。
護衛は一定の時間で二人が前に出て無頼なものがいないか確認しては戻り、後方で休めの姿勢をとる。
馬の世話をするものは六頭の馬の機嫌を取るのに大変だ。
それが数ヶ月。毎日毎日である。しかし、この家来たちはいつか自分の主人の思いが届くよう願っていた。
サンドラはそんな家来たちの雰囲気が変わったことに気付いた。休めの姿勢の護衛の足が高らかに鳴って揃えられ、侍女たちも控えて下がっているようだ。
サンドラが不思議に思って振り返ると、そこにはにこやかに微笑むギリアム王子がいた。
「王族とは不便なものだ。従妹のサンドラに会うのですら書類の手続きやら護衛が来るのを待たねばならん」
「まあ殿下。いつにも勝る勇壮な出で立ち。ギリアム王子殿下にいつまでも勇神のご加護がございますようご祈念申し上げます」
サンドラは突然のギリアム登場に驚いたが、綺麗にカーテシーをとるとギリアムはそれを片手で制した。
「いやいや、面を上げよ。書類など書いてはいられん。今は城門の巡察の途中でな。偶然キミがここにいたというわけだ」
「うふふ。そうでしたのね」
サンドラが微笑んだことに、ギリアムも笑顔になった。
「しかし噂とはあてにならん」
「──と、おっしゃいますと?」
「サンドラは父宰相の権威を笠に着て傍若無人な振る舞い。美しいが傲慢で手が付けられないじゃじゃ馬だと」
「あら。わたくし、そうですのよ?」
サンドラは口を押さえてコロコロと笑い肯定した。それにギリアムは目を丸くする。悪い噂のはずなのに、サンドラは否定しなかったのだ。
「まさか。ここにいるサンドラはとても可愛らしい」
「まあ嬉しいですわ」
ギリアムはサンドラを褒めて盛り上げようとするものの、サンドラは軽い肩透かしのような返事しかしない。
ギリアムは改めて聞いた。
「キミに婚約を申し込んだのだが、宰相はどういう反応だった? それにキミは私をどう思う?」
「殿下をですか? 神の祝福を受けた勇壮な王子さまだと思っております」
「いやいやそういうことではなく──」
「はい?」
「私のところに来るつもりはないか? 妃とならんか?」
「それは──、お父様より回答があると思います」
そんなハッキリしないサンドラの両肩を掴んで問い質す。
「じれったいな。ハッキリと申せ。余の元に来るな?」
ギリアムが口調を変えて強く出たので、サンドラの方では視線をそらす。ギリアムはさらにサンドラの両手をとって自分に引き寄せる。そしてその指先にキスをした。さすがにサンドラは慌てた。
「お、お戯れを。ここは天下の往来でございます」
「大丈夫。周りを見てみよ」
サンドラが辺りを見回すと、人の姿はない。自分の従者とギリアムだけ。なんと城門の両方の入り口には大勢の兵士がこちらに背中を向けて人々の往来を遮っているようだった。
「殿下! いけません。権威を用いて人々の往き来を遮っては」
「ならば返事をくれ。私を愛しているな? 妃となるな?」
しかしサンドラは下を向いて口をつぐむ。ギリアムは少し声をあらげた。
「占いの運命か?」
「どうしてそれを──」
「ならば心配ない。私も勇士の英雄称号を頂いた。勇士シーンと同じだ。同じなのだ。ましてや向こうには陛下に嘆願した妻のいる身。私は未婚。そして私に嫁げば将来は王妃となれるかもしれない」
「で、ですが」
ギリアムはしばらくサンドラの手を掴んで放さなかったが、やがてその手を放した。サンドラはそれに顔を上げる。
「ならば、勇士よりも上の勇者の称号ならばどうだ。シーンよりも上だ。それなら不服はあるまい。そうだ。それがいい」
そう言ってギリアムは笑う。しかしサンドラはそれに意見する。
「ええ殿下ならばきっと勇者となれるでしょう。しかしながら王族の権威を利用して功績なく称号を得てはなりません」
「なんだと?」
「きちんと戦功を得て勇者称号を賜ってください。もしも不正なされるなら、私はすぐさま修道院に入ります」
「なに!?」
ギリアムはサンドラの顔を見て眉を吊り上げる。だがすぐさま笑った。
「認めたな? サンドラ。分かった。戦功を上げて勇者となったら必ず妃となれよ?」
「い、いえそれは……」
「いいや決まった! すぐさま陛下に申し上げて戦功を立てれる任地に赴くのだ!」
ギリアムはそう宣言すると兵士たちに合図した。城門を塞ぐ兵士たちが囲みを解いたので人々は文句を言いながら往来を始める。
サンドラはギリアムの強引さに一人心を重くするのであった。




