第24話 行儀補正
シーンは病気も治り、妻を娶って国の英雄となったもののアルベルトは不安だった。このままではこの二人は公式の場でも子どもの遊びに興じるだろう。英雄となったらそういう場所に呼ばれることもなおさら多くなる。
王宮でダンスパーティに呼ばれたら、中庭の噴水のある池で
「お魚はいるかなぁ、エイミー」
「入って魚影が動くか確かめましょうよ」
「それはいい。それそれそれー!」
「キャー! 私もぉ」
とかやるかも知れない。それどころか、胸まで浸かって
「お風呂だ。お風呂だ」
「ホント、いい湯加減ですわねー」
とかやるかも知れない。そのびしょびしょの体でダンスパーティの会場に戻って水を撒き散らすかも。アルベルトは今までの放任主義を悔い、どうにかしなくてはと思った。
しかし、急な改革はシーンもエイミーも嫌だろう。少しずつ貴族の行儀を憶えさせよう。それには都から離れて領地で領内を巡察させるのもいいかも知れないと思った。
一年に一度くらいしか行かないが、あちらにも大きな屋敷がある。行儀の先生も二人につけて勉強させるのだ。それがいい。新しく拝領した領地に自分が領主であると知らしめるのも重要だ。そうしようと、先ほど使者より受け取ったサイル州の地図を広げて驚いた。
サイル州ビジュル郡。そこは、この国の一部ではあるものの、妖しい宗教で治められたところで、鬼道を志すあやしげな集団がいるよく分かっていない地方なのだ。ここを領地としたのはおそらくムガル宰相の提案であろうと直感した。アルベルトはますます頭を抱えた。
これでは土地を貰っても収益はあるまい。しかもこの国では領主は領地から得た収入のいくらかを国に返礼として納める儀礼がある。収入が見込めない土地の分は自腹で出さなくてはならない。
シーンの年金など吹っ飛んでしまうかもしれない。
「ああ神よ。なぜこうも試練ばかり下さるのです」
アルベルトは地図を握りながら苦悩の表情を浮かべた。
アルベルトは日を改めて、シーンとエイミーを呼んだ。二人は普段ははしゃぎ回って、幼児のようだがアルベルトやジュノンの前では大変大人しいのだ。
だから、その日も二人は土いじり、水いじり、庭いじりで遊んでいたが、アルベルトに呼ばれると遊びを放棄してすぐさま父親の元へとやって来た。
「お父上、ご機嫌はいかがです?」
「お義父さま。もうすぐ果物の美味しい季節ですわね」
こうしていると、はしこい息子とその嫁なのだが子どもの振る舞いは客のいるときはいけない。二人はそれを受け入れてくれるだろうか? そして領地に赴き、領地で暮らす。そこには行儀の先生も同行する。自分たち両親は行かない。あえて二人を突き放すのだ。
「うん。あー。エイミー。体の調子はどうかね?」
「はい。万全でございます」
「そうかね。都は何かと騒がしいし、ストレスがたまるであろう」
「いえ。ここは楽しいし、シーンさまもお優しいです。ストレスなどありませんわ」
「そう思っても、なれない嫁ぎ先での生活は息が詰まるだろう。どうだ。我が領地のバイバル州の屋敷でしばらく生活するのは」
それを聞くとシーンとエイミーは顔を見合わせた。そしてにこやかに微笑み合う。
「私たち二人でですかぁ?」
「そうだ。もちろんキミたちの生活の面倒を見る小間使いは数人同行するし、家庭教師もつける。本来ならばもっと早くにシーンを領主としてあそこで暮らし教育させるべきだったのだが、シーンには病気があったからな。しかし今は普通の人以上だし、国の英雄の一人だ。ここは、両親から離れて──」
アルベルトの話の途中で二人は飛び上がって喜び、お互いの手を握りあった。
「それならば、早く準備しなくちゃ。行こうよエイミー!」
「はい! ではお義父さま失礼致します」
「いや、あのう、キミたち?」
二人は飛び出して行ってしまった。それはもう旅行に出かける気分。バタバタと廊下をかけて荷物を馬車に運んでいるようだ。
「おおいキミたち。自分たちで荷物を運ばず、家来に任せてはどうか──?」
廊下に出ると、シーンは片手にバケツを持ち、もう片手には網を持っている。エイミーはジョウロと草花用のスコップ。アルベルトは顔を抑えた。
「シーン。領地にいって領民たちに領主としてのふるまいを見せるのに、網やバケツが必要だと思うのかい?」
シーンは考えてしまっていると、エイミーもそれをたしなめた。
「そうですよ。シーンさま」
「うむ。エイミーは分かってくれたか」
「荷物になるから、網はあちらで作ればいいのですよ」
分かっていなかった。
シーンとエイミーはあっという間に荷物を馬車に詰め込んで、家庭教師も小間使いも全員揃わないというのに、御者と侍女のベス、下男のトマスを連れて、アルベルトとジュノンへの挨拶もそぞろに、早々と領地に行ってしまった。
アルベルトは自分の計略がうまく行きつつも、不安はますますつのってしまった。




