第16話 天使降臨
やがてその日がやって来た。
アルベルトもシーンも城壁の上で街を見下ろして巡察をしている。
そこへ、大貴族を示す六頭立ての金色の馬車が近づいて来て、城壁の下に停車した。これぞサンドラの馬車である。
馬車の中ではサンドラが緊張した面持ちで、くだんの金髪美丈夫の来訪を今か今かと待ち望んだ。
その馬車の停車した場所には城壁より降りる階段がある。アルベルトの部下はすでにシーンに言われていたのか、階段から馬車までレッドカーペットを敷いた。
「ほほう。あれはオマエが? なかなか素晴らしい演出だな」
「ええ、お父上。今からサンドラ嬢に挨拶を致しますが、彼女はわたくしを同級生のシーンとは思っておりますまい。ここで脅かしておきたいので、わたくしを伯爵家の縁者と言うことにしてください」
「伯爵家の縁者と?」
「間違ってはおりませんでしょう?」
「まぁ、たしかにそうだが」
アルベルトは階段を先に下り、サンドラ嬢の元へと急ぎ、馬車へと急ぐと御者は馬車の扉を開けた。サンドラはそこから現れる。アルベルトはサンドラの前に跪くと、彼女は馬車から優雅に降りて、儀礼通りアルベルトの前に手をさしのべる。アルベルトはその手の甲にキスをした。
「サンドラ嬢におきましては、いつもながらに変わらぬ美しさ。これからも神の祝福がますますございますようご祈念申し上げます」
「まぁお上手ね。グラムーン卿」
サンドラは挨拶もそぞろに顔を上げると、階段の上から太陽の光りを背にしてあの美丈夫が階段からゆっくりと降りてくるのが見えた。あの時と同じだ。彼女には天使が自分を迎えに来たように思え、胸を大きく高鳴らせた。
「──ぐ、グラムーン卿。あのお方は?」
「ええ、それなのですが、私の縁者でございまして」
「ではあの方もグラムーン?」
「仰る通りで……」
おしとやかに、彼が来るのを待つつもりでいたが体が前に出てしまう。
いつの間にか、二人はレッドカーペットの中央を歩いていた。
赤い絨毯の中央で二人は出会う。シーンはサンドラの前に跪くと、サンドラは慌てて儀礼通り手を差し伸べた。
シーンはその手を取り、指先にキスをする。
「は、はじめまして。ミスター・グラムーン」
「こんにちわ。サンドラ。久しぶりだね」
久しぶり。久しぶり。久しぶり──。
サンドラは赤い顔をして、頭の中はグルグルと回転する。
はじめて顔を合わせると思っていたのに、どこかで会っていた。どこの社交場であろう。
こんな人を忘れるなんて。
「あ、あの。ミスター・グラムーン? 私は忘れっぽい質で、どこでお会いしていたか忘れてしまったわ」
「そうなのかい? ヒドいな」
彼は少し親密そう。自分はどこかで話したのであろうかと頭を駆け巡らせるがやはり思い当たるところはない。シーンは、サンドラの手を放すと、サンドラはその手を大事そうに手の前で握る。
「洟はついてはいなかったかな?」
「え?」
サンドラは慌てて手を見るが、やはりそんなものは付着していない。と思ったところにシーンは立ち上がる。その長身の前ではサンドラは胸辺りに顔がある。この腕に抱かれたらと思うと、サンドラは顔を上げることが出来なかった。
「ねぇサンドラ。本当に忘れちゃった?」
「え? ええ……」
「じゃぁ顔を上げてよく見てみなよ」
サンドラはドキドキしながらも顔を上げる。そこには微笑みを浮かべる長い金髪のハンサムなシーン。だがサンドラにはまだシーンだとは分からない。
「分からない?」
「スイマセン」
「じゃ、これは?」
シーンは、あの頃のように、まとめている長髪を紐をほどいてざんばらに垂らし、背筋を丸くして片目を半開きにした間抜けな顔で大口をあけると、サンドラは引きつった笑いを浮かべた。
「シ、シーン?」
「そう。お気づきかい? お嬢たまぁ〜。うほー!」
思い切り間抜けな奇声を発すると、サンドラは虐めてバカにしていたシーンの手の内で転がされていたことが恥ずかしいやらみっともないやらで、金色の馬車に乗り込んで早々に大公爵家へと帰ってしまった。
「プッ。ふふふ。はっはっはっは!」
その姿が滑稽だったのかシーンが笑うと、アルベルトの部下たちも腹を抱えて笑い出す。
サンドラの高飛車な態度は元々評判が悪かったのだ。
「若様は鬼謀奇略をお持ちのようで」
「あの高飛車なお嬢様を逃げ帰すとは!」
「いやはや我ら若様に感服いたしました」
シーンはあっという間に部下たちの心を捉えてしまったらしい。
しかしアルベルトは一人冷や汗を流す。これはただではすまないであろうと思ったのだ。アルベルトの予感は的中することになる。




