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【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第五章 青の海域

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玄武、襲来-6

「お? 嬢ちゃんオチたか?」


 メイズに凭れかかる奏澄を見て、キッドはそう零した。

 その言葉に、メイズが呆れたように返す。


「あんたが飲ませるからだろう」

「もうちょい話聞きたかったんだがなぁ」

「話を聞くつもりの相手に酒を飲ませるな」

「悪い悪い、ムキになる嬢ちゃんが面白くてつい」


 悪気無く笑うキッドを、メイズは睨んだ。


「嬢ちゃんずっとツンツンしてたなぁ。普段からあんなか?」

「いや。俺はこいつが人に敵意を向けるのを初めて見た」

「マジか。嫌われたもんだな」


 言いながらも、大してダメージは受けていなさそうだ。


「それに比べて、オマエの信頼されてること。見ろこの安心しきった顔」

「見るな」

「なんだよ随分入れ込んでるじゃねぇか。惚れてんのか?」

「違う」


 からかうキッドとメイズのやり取りに、ロバートが重い口を開いた。


「どうやって誑かした」


 キッドとは違う、悪意すら感じるその言葉に、メイズは隻眼と視線を合わせる。


「そんな純朴そうな女がお前に懐くなんてな。いったい何をした」

「……俺は、何もしていない」


 視線をずらして、メイズは奏澄を見た。穏やかな寝顔に、自然と目が細くなる。


「こいつが、俺を救った」


 奏澄の顔にかかった髪を、羽毛に触れるような手つきで払う。


「残りの命はこいつのために使うと決めた。俺には、こいつを救うことなんてできやしないが……それでも、せめて一人にしないと。ずっと傍にいると、誓った」


 言って、メイズは決意を秘めた目で、二人を見た。


「だからお前らに殺されてやるわけにはいかない」


 それを受けて、キッドは肩をすくめ、ロバートは重く息を吐いた。その溜め息に言葉を乗せるようにして続ける。


「……彼女に、血生臭いものを見せるなよ」

「わかってる。こいつが嫌がることはしない」

「ちゃんと配慮しているのか。お前の基準は狂っているぞ」

「日々、教えてもらっている。普通の人間が、どういうことを怖がるのか。嫌がるのか。何をされたら嬉しいのか。喜ぶのか。ガキからやり直してる気分だ」


 メイズは思い返すように目を伏せた。

 一つ一つを、試している。本で読んだこと。街で見たこと。女に言われたこと。流すだけだったそれらを、初めて、実感として。その一つ一つを、受け止めてくれる。

 彼女の慈愛は、いつか鼻で笑ってあしらった聖母の御伽噺のようだ。自らが触れるまではそんなものは存在しないと思っていたのに、在ると知ってしまえば、欲しくて欲しくてたまらない。

 純粋で、穢れなく。柔らかで、温かい。その腕の中にだけ、安寧がある。生涯縁の無いものだと、諦めていたものが、そこにある。

 それでいて、潰されそうなほどの信頼を。ひたむきに、ぶつけてくる。眩しくて目を逸らしそうになるのに、彼女がそれを許さない。

 曇り硝子の向こう側の景色に放り込まれて。手探りで頼りなく歩く自分を導く、ただ一つの光。


「……メイズ。一個、忠告しとくぞ」


 メイズの様子を見て何を思ったのか、真剣な声色でキッドが告げる。


「嬢ちゃんは、ただの女だからな。多くを求めるなよ」


 それを聞いて、メイズは眉を寄せた。奏澄は海賊でもなんでもない、ただの女だ。そんなことは誰よりわかっている。だから、自分がついている。何者にも傷つけられないように。放っておけばすぐに壊れてしまう小さくて弱い生き物を、外敵から守るのが自分の役目だ。


「俺はこいつに何かを求めるつもりは無い」


 メイズは奏澄のものだが、奏澄はメイズのものではない。

 何も求めることなど。そもそも、求めずとも充分に与えられている。


「それはそれでどうかと思うが……まぁ、あんま神聖視すんなよってことだ」


 意味がわからず、メイズは更に眉間の皺を深くした。


「一つに執着しすぎると、人は盲目になる。忘れんなよ。今日、オマエを守ろうとしたのは、嬢ちゃんだけじゃなかったはずだ」

「……ああ」


 それには、メイズ自身も驚いていた。

 仲間は()()()に過ぎなかった。彼女と海を渡るための。彼女が大事にしろと言うから、壊さないようにはした。そのくらいだ。それが、いつの間にか。

 何かをした覚えはない。人に好かれる性質(たち)ではない。それなのに、何故。


「人間一年目、みたいな顔すんじゃねぇよ。やりにくいな」


 舌打ちしかねない顔でキッドが吐き出す。

 自分の表情に自覚の無いメイズは口をへの字に曲げた。


 凭れかかった奏澄が、少しだけずり落ちた。絡めた腕は起こさないようにそのままにしているので、肩を抱いて支えることはできない。一応条件でもあったわけだが、重しが役目を果たしていないので、もうそれは無視していいだろう。


「嬢ちゃん暫く起きそうにねぇし、オレはちょっとレオと話してくるかな」

「待て、その前に一つ聞いておきたいことがある」


 席を立とうとしたキッドを呼び止め、メイズは少しだけ間を置いて問いを口にした。


「無の海域への行き方を知っているか」

「あん? 無の海域ぃ? オマエでもそんなオカルトを気にすんのか」


 聞かれたキッドは、片眉を上げた。四大海賊であれば或いは、と考えたが、当ては外れたようだ。

 

「俺たちは無の海域にある『はぐれものの島』を目指している」

「はぁ? なんでまた」

「込み入った事情がある」


 情報を得ようとする以上、船団の目的は話すが、奏澄個人のことまで詳細に伝える必要は無いだろう。下手に興味を持たれても困る、とメイズは濁した。


「ふぅん……。何にせよ、オレは知らねぇな。そういうのに詳しいとしたら、エドアルドだろ」

「……白虎か」

「あのオッサン古株だしな。セントラルのきな臭い話にも敏感だし、実在するなら行き方くらい知ってそうなもんだが」


 自分で口にした言葉に、キッドは一瞬考え込んだ。


「……いや待て。セントラル?」


 それにキッドは訝しんで、急にはっと思い出したように声を上げた。


「あっもしかして、嬢ちゃんが指名手配されてるのって、それでか!?」


 勘のいい男だ、とメイズは舌打ちした。余計な情報を与えてしまったようだ。


「オカルトっつったらセントラルの十八番(おはこ)だもんな。セントラルの禁忌に触れたんだな!?」


 楽しそうなキッドに、メイズは答えなかった。しかし、キッドはその様子を肯定と捉えたようだ。

 

「オマエはともかく、なんで嬢ちゃんが指名手配されてんのかは不思議だったんだ。だから船長を引っ張り出したかったんだが……いやー、その甲斐あったわ。やっぱ嬢ちゃん面白ぇな!」


 キッドの興味を惹いてしまったことは、メイズにとっては面白くないが、奏澄の立場を思えば良い方へ働くだろう。四大海賊の一角が好意的ということは、この先協力を得られる可能性があるということだ。


「ま、オレの方でもなんかわかったら教えてやるよ」


 そう言い残して、キッドはロバートを伴い、レオナルドの方へ向かった。


 残されたメイズは、ずり落ちてくる奏澄を支えて、少し考えてから膝に寝かせた。

 肩に凭れさせたままではバランスが悪く、またずり落ちてくるだろう。

 コバルト号に寝かせに戻ってもいいが、他の仲間が全員ブルー・ノーツ号にいる状況で自分が姿を消すのは、余計な誤解を与えかねない。

 膝に乗せた奏澄の寝顔を見て、メイズは手持無沙汰に髪を弄んだ。


 ――いつかと逆だな。


 メイズと奏澄が初めて出会った日。彼女は、熱にうなされるメイズを膝に乗せ、ずっと汗を拭っていた。あの手の温もりを、忘れたことは無い。

 あの時の恩義に、報いるために。

 それだけの、ために。




 離れた場所から二人の姿を見ていたキッドとロバートは、何とも言えない顔で会話を交わした。


「でろっでろじゃねぇか」

「あれに目を潰されたと思うと、かなり腹が立つ」

「同感だ。やっぱ殺しとけば良かったかな」

「キッドは女に甘い」

「あんだけ泣かれちゃなぁ」


 奏澄の剣幕を思い返して、キッドは頭をかいた。

 奏澄に危害を加えるつもりはなかった。しかし、メイズのことは本当に殺しても構わないと思っていた。それを思い止まったのは、彼女の存在があったからだ。

 

「しかし、ありゃちょっと危ねぇな」

「あの女船長に何かあったら、多分黒弦時代に逆戻りだろう」

「うーん……。嬢ちゃんの手腕に期待するしかねぇなぁ」


 知らぬところで勝手に期待をかけられているなど、知る由も無く。

 彼女は穏やかに寝息を立てる。そこが、世界で一番安全な場所だというかのように。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  珍しいメイズサイドの心情描写があって、うれしかったです。しかも、私の好きな出会いのシーンについても少しふれられていたので。  奏澄は自己評価があまり高くないせいか、自分の行動を動機も含…
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